
一匹の龍がいました。
まだ地の底に潜んでいます。力はあります。
しかし、まだ誰にも知られていません。
潜龍勿用。
今はまだ、自分の力を使う時ではありません。
龍は地の中で力を蓄えます。
やがて地上へ現れ、人と出会い、経験を重ね、自分の力で空へ昇っていきます。
そしてついに、飛龍在天。
誰よりも高いところまで到達します。
自分で考え、自分で決断し、自分の力でここまで来ました。まさに成功の頂点です。
しかし、龍はさらに上へ行こうとします。
もっとできる。もっと高く。もっと自分の力で。
そして、亢龍有悔。ここで初めて気づきます。
高く飛ぶ力を持っていることと、どこまでも高く飛び続けることは同じではないのです。
空の上で、龍は初めて周囲を見る
ずっと一匹で飛んできた龍でしたが、そこで初めて周囲を見渡します。
すると―龍は自分だけではありませんでした。
あちらにも龍がいる。こちらにも龍がいる。
自分とは違う飛び方をする龍もいる。自分より速い龍も、低いところを飛ぶ龍も、まだ潜んでいる龍もいる。
見群龍。
たくさんの龍がいたのです。
しかし、その中に絶対的なリーダーはいません。无首。
この状態を、『易経』では、吉。だと言います。
それまで龍が学んできたのは、「自分の力をどう発揮するか」でした。
しかし最後に知ったこと。それは、「世界には、自分以外の力も存在する」ということです。
多くの龍がいることを知ったとき、一つの問題が生まれました。
では、自分以外の力と、どう一緒に生きればよいのでしょうか?
ふと龍は地上をみると、馬がたくさんいました。
馬は、自分の力だけで進むことはできません。
周囲を見る。変化を見る。小さな兆候を見る。
誰かが動けば、それを感じます。
危険が近づけば、早く察知します。
履霜、堅冰至。
小さな霜から、これから起こる変化を読むのです。
群れの中で生きるには、自分だけを見るのではなく、周囲を読む力が必要なのです。
群れの中では、
自分がいつも前へ出る必要はありません。
誰かが方向を示すなら、それを受入れて進みます。誰かが始めたものを継続します。
自分の能力があっても、含章。
あえて内に持っておくこともあるのです。
危険な時には、あえて言わないこともあります。
今まで龍が学んできた、「力を出すこと」とはまったく違う能力です。
そこで龍は馬から、「力を出さないことも、力の使い方である」ということを学びます。
群れの中で、周囲を読み、人を支え、仕事を完成させてきたら、当然まわりから信頼されます。
そしてとうとう、自分がトップになります。
高い位置です。
本来なら、黄裳。元吉。
高い位置にいても、今までの柔らかさを失ってはいけません。
人の話を聞く。周囲を見る。自分がすべてだと思わない。
しかしそう簡単ではありません。
長い間、組織に従い、人を支えてきました。そのため、組織のことを熟知しています。
経験もあります。結果も出してきました。
「私が一番分かっている」という想いにとりつかれるのも当然です。
すると、「だったら私が決めた方が早い」となり、最後には、「私が正しい」となるのです。
ここで、龍戦于野。
牝馬として群れの中にいた人物の中に、龍の質が現れるのです。
自分が決める。自分が動かした方が上手くいく。自分の考えを実現したい。
それ自体は悪いわけではありません。
むしろ、新しいものを生み出すためには必要な力です。
問題は、自分の中に現われた龍の質を、暴走させること。
だから、利永貞。
力を持っても、立場が変わっても、受け取ること、周囲を見ること、人を支えること、
自分とは違う力を認めることを忘れてはいけないのです。
それができれば、人としても成熟していけるのですが、これも簡単ではありません。
あるとき、どうしても自分が始めなければならないことが出てきます。
既存の群れの中では実現できない。みんなの意見を聞いていては進まない。
誰かについていくだけでは、革新できない。
自分が決めなければならない。
自分が責任を取らなければならない。
そのとき、馬の群れから一匹が離れます。
そして、再び龍になるのです。
新しい乾が始まります。しかし、最初の龍とは違います。
一度、坤を経験しているからです。
二周目の龍は、「群龍」を知っている
最初の乾の龍は、自分の力しか知りませんでした。
だから、潜龍から始まり、飛龍となり、亢龍まで行って、ようやく「自分だけではなかった」と気づいたのです。
しかし二周目の龍は違います。
最初から、群龍の存在を知っています。
自分が飛べることも知っている。同時に、他者も飛べることを知っている。
自分が先頭に立つこともできる。
人に任せることもできる。
自分が始めることもできる。
人が始めたものを受け取ることもできる。
つまり、乾の中に坤を持った龍になっているのです。
再び坤の世界へ戻ったときも、最初の牝馬とは違います。
ただ人についていくのではありません。自分にも龍の力があることを知っています。
必要なら、自分が始められる。自分で決断できる。
しかし、あえて今は人を支えるのです。
これは「できないから従う」のとはまったく違います。
自分で動ける人が、必要に応じて受ける側に回れるのです。
牝馬の用心深さで、小さな兆候を捉え、龍の力で見過ごさずに問題を事前に防ぐこともできます。
つまり、最初の乾(龍の世界)では、「私は何ができるのか」を学びました。
そして、坤(牝馬の世界)へ行ったことで、「他者とどう生きるのか」を学んだのです。
そして再び乾へ戻ると、「他者を知った私が、何を始めるのか」になり、さらに坤へ戻れば、「自分の力を知った私が、どう他者を活かすのか」
になるのです。
群龍无首―「自分だけが龍ではない」と知ること。
利永貞――「自分が力を得ても、そのことを忘れない」こと。
乾坤 龍の世界と牝馬の世界を何度も行き来することで、少しずつ「自分の力」と「他者の力」を同時に扱えるようになるのではないでしょうか?
山の奥に、小さな龍が住んでいました。
小さな龍は、空を見上げるたびに思います。
「いつか、だれよりも高く飛びたい!」
最初はうまく飛べません。
転んだり、岩にぶつかったり、ときには怖くなったり。
それでも龍は、一人で練習を続けます。
そしてある日――
とうとう雲より高く飛べるようになりました。
「やった!
ぼくは、こんなに高く飛べるんだ!」
龍はうれしくなって、もっともっと高く飛びました。
ところが、高く行きすぎてしまいます。
風は強くなり、雲は暗くなり、誰の声も聞こえません。
龍は初めて思いました。
「ぼく、ひとりだ。」
そのとき雲の向こうから、
「おーい!」
声がしました。

見ると、一匹の龍が飛んでいます。
その向こうにも一匹。
もっと向こうにも。
空には、たくさんの龍がいました。
速い龍。
ゆっくり飛ぶ龍。
高く飛ぶ龍。
低く飛ぶ龍。
まだ飛ぶのが苦手な龍。
小さな龍は驚きました。
「龍って、ぼくだけじゃなかったんだ。」
しかも、不思議なことに、
誰も、
「ぼくが一番えらい!」
とは言っていません。
それでも、みんなちゃんと飛んでいます。
龍は初めて、自分以外の龍を見ながら飛びました。
すると、一人で飛んでいたときには見えなかったものが見えてきました。
地上です。
龍は地上へ降りていきました。
そこには、馬の群れが暮らしていました。

龍は不思議に思いました。
「どうして、みんな一緒にいるの?」
一頭の牝馬が答えました。
「一緒にいるとね、
自分には見えないものを、誰かが見てくれるの。」
龍には意味が分かりません。
すると、一頭の馬が耳をぴくっと動かしました。
遠くから嵐が近づいていました。
別の馬は、小さな子馬が遅れていることに気づきました。
別の馬は、安全な道を知っていました。
龍は驚きました。
「一番強い馬が、全部決めるんじゃないんだ。」
「そうよ」
牝馬は答えました。
「前を歩くときもある。
後ろを歩くときもある。
誰かを助けるときもある。
誰かに助けてもらうときもあるの。」
龍は馬たちと暮らすことにしました。
やがて龍は、
みんなの話を聞くことを覚えました。
先に行くより、待つことを覚えました。
困っている仲間がいれば、そばにいることも覚えました。
そして気づきます。
飛ぶことだけが、強さじゃない。
待つのも強さ。
助けてもらうのも強さ。
誰かに任せるのも強さ。
龍は、少しずつ変わっていきました。
ところがある日、大きな嵐がやってきました。
馬たちは困りました。
いつもの道が川になってしまったのです。
「どうしよう……」
みんなが立ち止まりました。

龍も最初は待っていました。
誰かが道を見つけてくれると思ったからです。
でも、誰にも分かりません。
そのとき龍は思い出しました。
「ぼくは、飛べる。」

龍は空へ舞い上がりました。
高いところから地上を見ると、安全な道が一本だけ見えました。
龍は戻って言いました。
「こっちだよ。ぼくについてきて!」
今度は龍が先頭になりました。
馬たちは龍を信じて進みました。
そして全員、無事に嵐から逃れることができました。
夜になりました。
龍は牝馬に言いました。
「やっぱり、ぼくがリーダーだったんだね!」
牝馬は笑いました。そして言いました。
「今日はね。」
「え?」
「明日は、わたしかもしれない。
あの子かもしれない。
あなたが誰かについていく日かもしれない。」
龍はしばらく考えました。
そして笑いました。
「そっか。」
次の朝。
龍はまた空へ飛びました。
でも、最初に空へ飛んだときとは違います。
龍はもう知っています。
自分には、自分の力がある。
そして、
みんなにも、それぞれの力がある。
だから龍は、
一人で飛ぶこともできます。
みんなと歩くこともできます。
先頭に立つこともできます。
誰かについていくこともできます。
龍は空から、馬たちに手を振りました。
「いってきます!」
「いってらっしゃい!」
そして龍は、
また新しい世界へ飛んでいきました。