乾為天――3000年の時を旅して、最初の卦を読む
前回は、「易経とは何なのか」を、その歴史とともに見てきました。
ここから、いよいよ六十四卦を一つずつ読んでいきます。
最初の卦は、
乾為天(けんいてん)。
六本すべてが陽の線でできた、易経第一番目の卦です。
しかし、いきなり現代の解説から始めることはしません。
なぜなら、私たちが現在「易経」と呼んでいるものには、約3000年という長い時間の中で、さまざまな時代の人々による解釈が積み重なっているからです。
そのため、まず最初に、約3000年前へ戻り、『周易』の言葉そのものを感じてみることから始めます。
そこから時代を進み、約1000年前、程頤や朱熹がその言葉に何を見いだしたのかを追いかけます。
そして海を渡り、江戸時代の日本へ。
最後に、現代へ戻ってきます。
同じ「乾為天」が、時代によってどのように読まれてきたのか。
3000年の旅を始めたいと思います。
第一の旅
約3000年前 『周易』そのものを読んでみる
約3000年前―日本では、まだ縄文時代の終わりごろ。
中国は周王朝の時代でした。そのころに、『易経』の原型となる『周易』が形づくられたと考えられています。
そこにはまだ程頤も朱熹もいないため、宇宙の原理や人間の道徳について整理された、後世の巨大な哲学体系もありません。
その時記録されたのは、非常に短い言葉です。
乾為天――『周易』本文
乾。元亨利貞。
大いなる始まりがあり、物事は通じ、実りがあり、正しくあることがよい。
初九 潜龍勿用。
潜んでいる龍は、まだ用いてはならない。
九二 見龍在田。利見大人。
龍が地上に姿を現している。立派な人物に会うのがよい。
九三 君子終日乾乾。夕惕若。厲无咎。
君子は一日中、絶えず努め続け、夕方になっても慎み警戒する。危うい状態ではあるが、咎はない。
九四 或躍在淵。无咎。
あるいは躍り上がろうとし、あるいは淵にとどまっている。咎はない。
九五 飛龍在天。利見大人。
飛ぶ龍が天にいる。立派な人物に会うのがよい。
上九 亢龍有悔。
高く昇りすぎた龍には、悔いがある。
用九 見群龍无首。吉。
多くの龍が現れているが、その中に頭となるものはいない。吉である。
龍は、最初は潜んでいて、やがて地上に姿を現します。
そして途中で突然、「君子」という人間が登場します。
龍は淵から飛び立とうとし、ついには天を飛びます。
しかし、さらに高く昇ると、
「亢龍有悔」―昇りすぎた龍には悔いがある。
そして最後には、
「群龍无首」―多くの龍がいるが、頭となるものはいない。それが吉である。
と書かれています。
これは一匹の龍が成長していく物語なのでしょうか。
まず、3000年前の時代の「龍」という存在について調べてみました。
龍とは何か?
約3000年前の中国における「龍」を、後世の完成した龍のイメージのまま考えてはいけません。
約3000年前は、殷(商)の末から西周にかけての青銅器時代です。
そのため、この時代にはすでに龍を表した青銅器装飾や玉器が存在します。
当時の龍は何だったのか
まず大切なのは、この時代「龍=皇帝の象徴」ではないということです。
後世になると龍は皇帝・王権の象徴として強く定着しますが、殷・周の龍は、青銅祭器や玉器など、祭祀・祖先・権力と深く関係する世界に登場する特別な動物的・霊的モチーフとして用いられていました。
『周易』の乾では龍が、
潜龍
↓
見龍
↓
或躍在淵
↓
飛龍在天
↓
亢龍
と、居場所と状態を変えます。
ここで注目したいのは、龍の「強さ」よりも、龍がどこにいるのかです。
淵に潜む。
地上に現れる。
淵にいる。
天を飛ぶ。
さらに高く昇る。
つまり龍は、固定された場所にいません。
下から上へ、見えない場所から見える場所へ、地から天へと移動する霊的存在として描かれています。
人間には直接支配できない自然のエネルギーを、龍という霊的な存在に置き換えて考えた、とした方が、当時の感覚に近づきやすいと思います。
この視点でみてみると、次のような面白さがあります。
龍は、最初から天にいません。「最初は淵に潜んでいる」のです。
もし龍が単純に「天の象徴」なら、最初から天にいればよいのですが、乾為天では、潜んでいて、そして最後に飛翔するとあります。
その視点でとらえると、人間には支配できない自然エネルギーの象徴「龍」は、最初は、まだ現れていない力として存在するが、時と場所を変えながら現れ、やがて天に達し、さらに行き過ぎる動きをする…ということになります。
そして、その最後が非常に面白いのです。
自然の力は一つではない
「見群龍」。
一匹の巨大な龍が世界を支配しているのではなく、龍は多くいるのです。
龍を自然の力として考えるなら、
風が吹く。
雲が動く。
雨が降る。
川が流れる。
植物が芽吹く。
季節が巡る。
世界には無数の力が同時に働いています。
しかも、それぞれ誰かが命令して動いているわけではありません。
「无首」―「司令塔」がない
字義的には「首(かしら)がない」。
世界を動かしている無数の力には、それらすべてを命令して動かしている一つの「頭」が見えない。
それこそが吉なのです。
これはかなり重要ではないでしょうか?
太陽が雨に命令しているわけではない。
雨が植物に「成長せよ」と命令するわけでもない。
風、雲、水、大地、生命―それぞれが相互に作用することで、世界全体が動いていく。
つまり、
多数の力の関係によって秩序が生まれのです。
それが、なぜ「吉」なのか。
普通なら、「リーダーがいない」=混乱と考えますが、
統制されているから秩序があるのではない。
相互に働き合っているから秩序が生まれる。
これこそ、陰陽五行論の根本原理です。
龍が天を飛ぶ。
高く昇りすぎた龍には悔いがある。
一つの力が極端に大きくなり、上へ上へと進み続けると、「過剰なエネルギー」になる。
ところが用九で突然、見群龍无首。吉。
このエネルギーがは一つではなく、
人間には支配できない自然のエネルギーは複数あり、それぞれが互いのエネルギーに働きあいながら全体として秩序をつくっている
その状態であれば、「吉」としたのです。
なぜそれが六爻すべて陽なのか
まず「陽=良い・強い・男性」という概念は完全に外してください。。
陽を「外へ現れる働き」とだけシンプルに考えてみましょう
一本の陽爻「⚊」を、単純な「プラス」ではなく、
動く・生じる・現れる・押し出す・変化を起こす 働きとして捉えてみます。
反対に陰「⚋」は、
受ける・蓄える・形にする・支える
すると乾 ☰ は、
☰ = 陽・陽・陽
さらに六爻すべてが陽の乾為天は、
☰
☰
つまり、
どこを見ても「働きかける側」の力しかない状態
つまり、乾為天は、世界を動かし始める純粋な作用として読むことができます。
ここが面白いところです。
「全部陽」だから、
陽 陽 陽 陽 陽 陽
すべてがそれぞれ「動く力」なのです。
龍として表現すると、六匹の龍
六つの自律した、外へ働くエネルギー・変化を起こすエネルギー
乾為天ですから、
陽天 × 6 と考えるともっとわかりやすい。
たとえば天・空を考えてみます。
風が吹く。
雲が動く。
雨が降る。
太陽が昇る。
季節が変わる。
古代の人が見た「天」は、絶えず動き続ける世界として経験されたのではないでしょうか?
しかし、全部が「動く力」だったら、どうなるでしょう。
誰も受け止めない。誰も止めない。誰も譲らない。ひたすら動く。
そのため、最終的には、亢龍有悔。になります。
つまり全陽は、最強だから最高 なのではなく、純粋な活動力であるがゆえに、自分自身では止まりにくい。という危険を内包しているのです。
第二の旅 後世の古代中国――龍の物語から、宇宙と人間の物語へ
時代が進むと、『周易』の短い言葉を、人々はさまざまに読み始めます。
やがて『周易』を解釈する文章群が形成されていきます。
それが、後に「十翼」と呼ばれる『彖伝』『象伝』『文言伝』『繋辞伝』などです。
現在、私たちが「易経の有名な言葉」として知っているものの中には、『周易』本文ではなく、ほとんどがこの後世の解釈です。
たとえば乾為天の『象伝』には、
天行健。君子以自強不息。
とあります。
天の運行は力強く絶えることがない。
君子はそれにならい、自ら努めてやむことがない。
ここで「乾」は、単なる龍の物語ではなくなってきます。
天の働きと、人間の生き方が結びつき始めるのです。
さらに『彖伝』では、
大哉乾元。萬物資始。乃統天。
と語られます。
「乾」は、万物が始まる根源的な働きとして説明されるようになります。
そして『文言伝』では、「元亨利貞」という四文字も、人間の徳と結びつけながら、さらに大きく解釈されていきます。
約3000年前に見た、
乾。元亨利貞。
という短い言葉。
そこから、人々は次第に、
自然はどのように動いているのか。
世界はどのように生まれるのか。
人間は、その世界の中でどう生きるべきなのか。
という問いを読み取るようになっていったのです。
第三の旅 約1000年前――程頤・朱熹の世界へ

さらに周易から長い約2000年後、舞台は中国・宋の時代です。
ここでは『易』の読み方が、さらに大きく体系化されていきます。
代表的な思想家が、
程頤(ていい・1033―1107)周易程伝
そして、その後の
朱熹(しゅき・1130―1200)周易本義
程頤と朱熹はどちらも乾為天を重視しますが、読み方にはかなり面白い違いがあります。
程頤は「乾為天から、人間はいかに生きるべきか」という解釈を深めました。
一方、朱熹はその哲学的意味を認めながらも、一度『これは本来、占筮のための易だった』という原点に戻そうとします。
程頤―「天」と「乾」を分けた
程頤は冒頭で、とても重要な区別をします。
天者、天之形體。乾者、天之性情。
「天」とは天の形として現れたもの。
「乾」とは天の性質・働きである。
さらに程頤は乾を「健」とし、それを絶えず止まることのない働きとして捉えます。
つまり、空を見上げて、あれが「乾」だと言っているのではありません。
空や宇宙が絶えず運行し、生成し続けている。その働き方そのものを「乾」と考えました。
程頤は六爻を「時」として読む
さらに重要なのが龍です。
程頤にとって龍は、乾の「健」という働きを象徴する存在です。
しかし、その力はいつでも発揮すればよいわけではありません。
初九の、潜龍勿用についても、程頤は、
力がないから動かないのではない。
力はある。しかし「時」ではない。
と解釈しました。
程頤の乾為天
一人の人物がいました。大きな能力を持っていました。
しかし、まだ時が来ていなかった。だから、待った。
やがて時が来た。だから、世に出た。
少しずつ評価され、責任も増えていった。だからこそ、努力しながら自分を戒めた。
さらに大きな機会が訪れた。
しかし、飛べるからといって飛ばなかった。
進むべきか、留まるべきかを見極めた。
そして本当に時が来たとき、飛んだ。
自分の能力と、社会から与えられた位置と、時が一致した。
その人は大きな仕事を成し遂げた。
しかし、成功は永遠には続かない。
時はまた動く。
それなのに、「もっと上へ」と進み続ければ、「亢龍有悔」となる。
つまり、
力が強いこと自体が問題なのではない。時を越えて進みすぎることが問題。
乾の力―上へ、上へと昇ろうとする力は、とても強い。
だからこそ、人間には時を読む能力が必要になる。
そして、物語はここで終わりません。続きがあるのです。
乾為天には、その先にもう一つの言葉があります。
用九 見群龍无首。吉。
多くの龍が現れている。
しかし、その中に「自分こそが頭である」と突出する龍はいない。
そして、それを「吉」とするのです。
頂点まで昇った人物は、ここで初めて気づきます。
自分一人の力で、世界が動いているのではない。
周囲を見れば、それぞれに力を持った人たちがいる。
自分が先頭に立つべき時もあれば、誰かに任せるべき時もある。
自分が進む時もあれば、退く時もある。
人を導く時もあれば、人の意見を受け入れる時もある。
大切なのは、いつまでも自分が「頭」であり続けることではありません。
強さを持ちながら、譲ることができる。
進む力を持ちながら、止まることができる。
自分で成し遂げる力を持ちながら、人に任せることができる。
それは、弱くなったということではありません。
むしろ、自分の「剛」を失うことなく、「柔」を使えるようになったということです。
剛柔相済。
剛と柔が互いを補い合う。
一人の強い人物がすべてを動かすのではなく、それぞれが持つ力を、それぞれにふさわしい時と場所で発揮する。
だから、
見群龍无首。吉。なのです。
乾為天の物語は、「誰よりも高く昇ること」で終わる物語ではありません。
力を持つ。
時を待つ。
時が来れば動く。
力を十分に発揮する。
そして、時が変われば、その力の使い方も変える。
頂点に立った後でさえ、自分だけが先頭に立とうとせず、他者の力を認め、必要なら譲ることができる。
そこまでできて初めて、強い力は周囲と調和して働く。
それが、程頤の解釈から見えてくる乾の成熟した姿なのです。
これが程頤の乾為天の解釈です。だいぶ道徳的になりましたね。
朱熹はどう読んだのか?
ここで約100年ほど進みます。
朱熹は程頤を非常に重視します。しかし『周易本義』で朱熹は、乾為天に別の問題意識を持ちました。
朱熹は、乾者、健也、陽之性也。とします。乾とは「健」であり、陽の性質であるという意味です。
そして乾為天について、
六画すべてが陽であり、上下とも乾だから「陽之純而健之至」―陽が純粋で、健が極まった状態だと説明します。
全陽=一番イイ!ではありません。
全陽=陽という性質が混じりなく純粋に現れたものなのです。
朱熹の大きな特徴―「これは占いの言葉だった」に戻した!
ここが程頤との重要な違いです。
例えば、「元亨利貞」も、戦国時代後期〜漢代初期ごろに形成されたと考えられる『易伝(十翼)』では、
元者、善之長也。
亨者、嘉之会也。
利者、義之和也。
貞者、事之幹也。
と解釈されたことから、宋時代にもなると
元=仁
亨=礼
利=義
貞=智
として、四つの徳として哲学的・倫理的に読む解釈が発達しました。
ところが朱熹は、
元=大
亨=通
利=宜
貞=正しく固い
と周易時代に戻した解釈にしました。
この卦を占って六爻が変わらない場合、大いに通じるという、占筮としての意味を前面に戻します。
朱熹は易を哲学から引き戻しているのではありません。
むしろ、「後世の哲学を知っているからといって、3000年前の本文そのものの意味を消してはいけない」と考えたのです。
六爻の「ポジション」を重視した朱熹の解釈
一人の人物がいました。
その人は、生まれながらに強い力を持っていました。
前へ進む力。
物事を始める力。
困難があっても動き続ける力。
乾は六爻すべてが陽です。
朱熹はこれを、「陽之純而健之至」――陽が混じりなく純粋で、その「健」が極まった状態―と捉えます。
しかし、力が強ければ、いつでも使ってよいわけではありません。
大切なのは、その力が、今どこにあるのかです。
初九 潜龍勿用。
その人には、すでに力がありました。
しかし、まだ一番下にいます。だから、動かなかった。
力がないからではありません。
まだ、その力を外へ使う位置ではないからです。
どれほど大きな力を持っていても、置かれている場所が違えば、その力を使うべきではない。
力があることと、力を使うべきことは同じではありません。
やがて、その人の位置が変わります。
九二 見龍在田。利見大人。
龍が地上に姿を現します。
これまで内側に隠れていた力が、外から見えるようになってきました。
周囲の人も、その人の能力に気づき始めます。
まだ頂点ではありません。しかし、その力はもう、自分一人の中に閉じてはいません。
人と出会い、社会とかかわり、その働きが周囲へ及び始めます。
潜んでいた陽が、外の世界へ現れ始めたのです。
そして、その人はさらに上へ進みます。
九三 君子終日乾乾。夕惕若。厲无咎。
仕事が増えました。
責任も増えました。
実績もできました。
しかし、ここは危険な場所です。
下の世界では、すでに最も高いところまで来ています。
けれども、まだ本当の中心には到達していません。
だから、その人は努力をやめません。
昼は力を尽くし、
夜になれば、「自分の判断は正しかっただろうか」
と自分を振り返ります。
力が大きくなるほど、慎重になる。
危険な場所にいることを知っているからこそ、咎を免れることができます。
そして、大きな境界に立ちます。
九四 或躍在淵。无咎。
目の前には、さらに上の世界があります。
飛ぼうと思えば、飛べる。
しかし、その人はすぐには飛びません。
進むべきか。留まるべきか。あるいは退くべきか。
自分の力だけでは決めない。
今いる位置と、時の変化を見ながら進退を判断する。
飛べる能力があるから飛ぶのではありません。
飛ぶべき位置と時が来たから飛ぶ。
その違いを知るようになります。
そしてついに、
九五 飛龍在天。利見大人。
龍は天を飛びます。その人の持っている力。
置かれている位置。
周囲との関係。
そして時。
それらが一致しました。
朱熹が重視する「中正」の位置です。
その人の力が、最もふさわしい場所で発揮されています。
ここでは、無理に自分を大きく見せる必要もありません。
本来持っていた力を、本来使うべき場所で使えばよい。
だから龍は、自由に天を飛ぶことができます。
これは単に、「一番偉くなった」
ということではありません。
力と位置が最もよく適合した状態なのです。
しかし、陽の力は止まりません。
上九 亢龍有悔。
その人は、さらに上へ行こうとします。
これまで前へ進むことで道を開いてきたからです。
しかし、すでに九五で最もふさわしい位置に到達していました。
上九は、その場所を越えてしまった位置です。
力そのものは、まだ強い。
しかし、位置が合わなくなった。
それでも以前と同じ方法で進み続ければ、
亢龍有悔。
となる。
ここで初めて、その人は知ります。
同じ力でも、置かれる場所が変われば、その意味は変わる。
強いことが、いつでも正しいわけではない。
前へ進むことが、いつでも正しいわけでもない。
陽が極まれば、陽のまま進み続けることはできないのです。
しかし、ここでも終わりません。
最後に、
用九 見群龍无首。吉。
があります。
多くの龍が現れています。
しかし、その中に絶対的な「頭」はいません。
ここで大きな変化が起こります。
朱熹は、用九を乾の六つの陽爻がすべて変化する場合として読みます。
六つの陽がすべて変われば、
乾 ☰☰
は、
坤 ☷☷
になります。
純粋な陽が、純粋な陰へ変わるのです。
朱熹は、ここを非常に重要な言葉で説明します。
「剛而能柔」
剛でありながら、柔になることができる。
その人は、力を失ったわけではありません。
自分の能力を捨てたわけでもありません。
しかし、もう自分の力だけで世界を動かそうとはしません。
必要なら人に任せる。
必要なら退く。
必要なら受け入れる。
必要なら、自分とは違う力に場所を譲る。
進む力を持っている人が、止まることができる。
先頭に立てる人が、先頭に立たないこともできる。
それは弱さではありません。
自分の力に支配されなくなったということです。
だから、
見群龍无首。吉。
なのです。
乾の完成は、
誰よりも強い龍になることではありません。
陽をどこまでも強くすることでもありません。
自分の持つ強い力を、その位置に応じて使い、その力が極まったなら、反対の働きへ変化することができる。
一人の人物がいました。
その人には大きな力がありました。
最初は、その力を使わなかった。
位置が変われば、世に出た。
責任が増えれば、自分を戒めた。
境界に来れば、進退を考えた。
最もふさわしい位置に来たとき、その力を十分に発揮した。
そして、その位置を越えれば、行き過ぎることも知った。
最後には、
「強いままでいること」にさえ、執着しなくなった。
力を持つこと。
その力を使う場所を知ること。
そして、必要ならその力のあり方そのものを変えること。
朱熹の乾為天から見えてくるのは、「強さの物語」ではなく、「力・位置・変化の物語」なのです。
もう一度考えよう!「乾為天」
周易を考察してきたときは、
乾=純粋な自然エネルギーではないか と考えてきました。
しかし、宋代まで遡ってみると、また違う解釈になりますね。
程頤なら、
乾=絶えず働き続ける天の働き。だが、その力を発揮するには「時」がある。
朱熹なら、
乾=純粋な陽の「健」。しかし、陽は永遠に陽のまま突き進むことを完成とはしない。極まれば変化し、柔へ転じる。
力を持つこと。
時を知ること。
自分の位置を知ること。
進むべきときには進むこと。
止まるべきときには止まること。
そして極まったなら、反対の性質へ変化できること。
朱熹は、後に「朱子学」と呼ばれる儒学思想を集大成した人物です。
朱熹は、孔子以来の儒学を受け継ぎながら、北宋の思想家たちが発展させてきた議論を整理し、宇宙の成り立ちから人間の生き方までを一つの体系としてまとめました。
その思想は中国だけでなく、日本にも伝わり、特に江戸時代の学問や教育に大きな影響を与えました。
『易経』についても、朱熹は『周易本義』を著し、卦や爻をどのように読むのかを体系的に整理しています。そのため、私たちが現在「易経の意味」として目にする説明の中には、約3000年前の『周易』そのものの意味だけではなく、『易伝』や程頤、朱熹など、後世の思想家によって積み重ねられた解釈が数多く含まれています。
もちろん、それらは長い歴史の中で磨かれてきた重要な思想です。
しかし私は、今の時代だからこそ、いったんそれらの解釈を脇に置き、約3000年前の周の時代に戻って『周易』そのものを読み直してみることにも意味があると考えています。
後世の人々が「乾為天とはこういうものだ」と説明してくれる前の世界へ戻ってみる。
なぜ六本すべてが陽なのか。
なぜ龍なのか。
なぜ龍は淵から天へ移動するのか。
なぜ最も高く昇った龍には「悔」があるのか。
そして、なぜ最後は「群龍无首。吉。」なのか。
こうした問いを、後世の答えからではなく、まず『周易』に書かれた言葉そのものから考えてみたいのです。
そしてそのうえで、後世の『易伝』、程頤、朱熹の解釈と比較してみる。
そうすることで、一つの古いテキストが3000年という時間の中で、どのように読み継がれ、どのような思想へと発展していったのかが見えてくるのではないでしょうか。
私はそこに、現代に『易経』を読み直す面白さがあると思っています。