64卦を読む前に
――『易経』は何を語ろうとしてきたのか
『易経』は、乾為天、坤為地から始まる六十四の卦で構成されています。
しかし、いきなり64卦を一つずつ理解しようとすると、易経はとても難しい本に見えてしまうのです。
「ビジネスパーソン、易経から世界を学ぶ」的な書籍も多く目にします。
混沌としている今の時代、
どうにか時代を掴もうと手を出す人もいらっしゃるのではないでしょうか?
そこで…
「乾はこういう意味」
「坤はこういう意味」
「この卦が出たらこう判断する」
このように64種類の意味を捉えようとすると、恐らく最初の2卦でお手上げ状態になってしまうでしょう。
そうならないためにも、まずは、その前に知っておいて貰いたいことがあります。
そもそも『易経』は、最初から現在のような一冊の哲学書として書かれたものではないということです。
私たちが現在「易経」として読んでいるものは、長い歴史の中で、多くの人々が考え続けてきたものが重なっているのです。
その思考の編纂の歴史を知ることから、64卦の全体像をつかんでいきましょう。
はじまりは「変化を読む」ことだった
『易経』の原型である『周易』は、古代中国で成立しました。
そこには、
陽を表す一本の線「⚊」と、
陰を表す二つに切れた線「⚋」
を組み合わせて作られた卦と、その卦や爻についての短い言葉が記されています。
たとえば第一卦・乾の冒頭は、
「乾。元亨利貞。」
そして初爻には、
「潜龍勿用。」
非常に短い文章です。
そこには、現代の解説書に書かれているような長い哲学的説明はありません。
古代の人々は、自然や社会の出来事を観察しながら、
「物事はどのように始まり、どのように変化し、どこへ向かうのか」
を読み取ろうとしました。
その変化を表現する基本的な記号が、陰と陽でした。
重要なのは、陰と陽を単純な「善と悪」という二元論で捉えてはならないことです。
明と暗、動と静、伸びることと収まること、外へ向かうことと内へ向かうこと。
世界には異なる二つのエネルギーがあり、それらが関係しながら変化していく。
その変化を卦という形で表そうとしたのが、『周易』の大きな特徴です。
『周易』は、今からおよそ3000年前の古代中国に成立した『易経』の原型です。
もともとは、物事の吉凶や、行動すべきか否かなどを判断する「占筮(せんぜい)」のための書として用いられていました。
『周易』は、やがて「宇宙と人間を考える書」になっていった
時代が進むにつれ、人々は卦を単に吉凶を判断するためだけに用いるのではなく、
「なぜ世界は変化するのか」
「自然と人間には共通する法則があるのではないか」
「人は変化の中で、どう行動すればよいのか」
という問いを『周易』の中に見いだそうとしました。
その大きな転換に関わるのが、後に「十翼」と総称される伝です。
『彖伝』『象伝』『繋辞伝』『文言伝』などがそれにあたります。
孔子が編み出したとされてきましたが、現代の研究では、一人の人物が一時期にすべてを書いたものではなく、戦国期から漢代初期ごろまでに形成された複数の思想的層を含むものと考えられています。
ここで『易』は、大きく姿を変えていきます。
それまで周易という占いのための記号体系だったものが、天地・陰陽・人間・社会を考える思想へと広がっていったのです。
そこで特別な位置を与えられたのが「乾」と「坤」だった
64卦の第一卦は乾為天。
第二卦は坤為地です。
乾は六本すべてが陽。
坤は六本すべてが陰。
この二つだけが、純粋な陽と純粋な陰によって構成されています。
『繋辞伝』では、乾坤について非常に印象的な言葉が語られます。
「乾坤は、易の根幹ではないか。」
また別のところでは、
「乾坤が並び立つことによって、易がその中に成立する」
という考え方が示されます。
つまり乾と坤は、単に64種類ある卦のうちの「1番」と「2番」というだけではありません。
後世の易学者たちは、ここに世界を成立させる二つの根本的な働きを見ていきました。
乾は、始める。
坤は、それを受けて成す。
一方だけでは世界は成立しません。
何かが生まれ、それを受け取るものがあり、そこから具体的な存在が生まれる。
乾坤とは、そのような「生成」の根本構造なのではないか。
中国の思想家たちは、この問題を長い時間をかけて考えていきました。
そして宋の時代、易経はもう一度大きく読み直される
『周易』の成立から千年以上が過ぎた宋代。
中国では、宇宙・自然・人間・倫理を一つの原理から説明しようとする、新しい思想の大きな流れが生まれます。
後に「宋学」「道学」「理学」などと呼ばれる思想です。
そこで『易経』は再び非常に重要な書となりました。
なぜなら『易経』には、
天と地、
陰と陽、
動と静、
生成と消滅、
そして人間の行動
を、一つの「変化」の中で考えるための枠組みがすでに存在していたからです。
程頤――「天」と「乾」は同じではない
北宋の思想家、程頤は『周易程氏伝』を書きました。
程頤は乾について、非常に興味深い区別をしています。
目の前に現れている姿として言えば「天」。
その天が持っている性質・働きとして言えば「乾」。
そして乾とは「健」、すなわち絶えず働き続けることだ、と考えました。
これは重要な区別です。
乾を単純に「空」だと考えているのではありません。
目に見える天の背後にある、
「なぜ天は動き続けるのか」
「なぜ万物は生まれ続けるのか」
という働きそのものを「乾」と捉えようとしたのです。
そして程頤は、乾を「万物の始まり」に関わるものとして読みます。
一方の坤は、それを受け取り、具体的な世界として成り立たせていく。
ここから、
乾=始める働き
坤=受けて成す働き
という壮大な世界観が見えてきます。
朱熹――乾坤は『易』の骨格である
それから約100年後、南宋に朱熹が現れます。
朱熹は、それまでの思想を大きな体系として整理した人物です。
彼の『周易本義』を読むと、乾坤と陰陽、そして64卦の関係がさらに明確になっていきます。
朱熹はまず、
「天地」と「乾坤」を区別します。
天地は、陰陽が具体的な形や気として現れたもの。
それに対して乾坤は、『易』の中で純粋な陽と純粋な陰を表すものです。
つまり、
天そのもの=乾
と単純に考えてはいけない。
乾は、天に現れている「健やかに動き続ける働き」を捉えるための卦なのです。
坤についても同様です。
大地そのものだけを指すのではなく、受け入れ、載せ、育て、形にしていく働きを表します。
二本の線から、世界が広がっていく
朱熹は『繋辞伝』を読みながら、『易』の構造を説明します。
最初にあるのは、
⚊ 陽
⚋ 陰
という二つの画です。
二つの働きが組み合わさる。
そこから四つへ。
さらに八卦へ。
そして八卦が上下に組み合わされ、六十四卦へ展開していく。
つまり64卦とは、互いに無関係な64種類の記号を集めたものではありません。
すべてが陰と陽という二つの基本的な働きの組み合わせから生まれています。
乾は純陽。
坤は純陰。
そして残る62卦には、陰と陽がさまざまな位置と関係で存在しています。
こうして見ると、乾坤は64卦の最初に置かれた二つの卦であると同時に、残りの卦を理解するための両極でもあることが分かります。
朱熹は、乾坤を『易』の「門」と説明する『繋辞伝』の思想を受け、乾坤を他の諸卦が成立する根本として読みました。
世界は「完成」するのではなく、生成し続ける
ここでもう一つ、とても大切な考え方が出てきます。
中国思想では、宇宙を「一度完成したもの」として見るだけではありません。
世界は、今この瞬間にも生成し、変化し続けています。
『繋辞伝』には、
「天地の大徳を生という」
という言葉があります。
天地の最も大きな働きとは、生み続けることだというのです。
春になれば芽が出る。
夏には伸びる。
秋には実る。
冬には活動が内へ収まる。
しかし冬は「終わり」ではありません。
その中には、すでに次の春が準備されています。
この循環と深く関係してくるのが、
元・亨・利・貞 です。
朱熹はこれを自然界の生成と、人間の徳の両方に結びつけて説明しました。
元は、生まれる始まり。
亨は、成長し展開すること。
利は、それぞれが適切な実りへ向かうこと。
貞は、成熟し、そのあり方を確かなものにすること。
そして、貞で世界が終わるわけではありません。
そこから、また次の「元」が始まります。
元 → 亨 → 利 → 貞 → 元……
世界は循環しながら生成を続ける。
乾為天の最初に置かれた「元亨利貞」は、人間が成功するためだけの標語ではなく、後世の易学では、天地の生成そのものを考える言葉へと発展していったのです。
では、人間はどこにいるのか
ここでようやく「人」が登場します。
古代中国には、
天・地・人
を三つの基本的な領域として考える「三才」という考え方があります。
天には天の働きがある。
地には地の働きがある。
そして、その天地の間に人間がいる。
人間は天地から独立しているわけではありません。
季節が変われば生活も変わります。
場所が変われば行動も変わります。
どれほど力を持っていても、時が合わなければ発揮できないことがあります。
反対に、時と場所が合えば、それまで潜んでいた力が一気に現れることもあります。
『易経』が人間に教えようとするのは、自然を征服する方法というよりも、
変化を見て、その変化の中で自分の位置を知ること
ではないでしょうか。
64卦は「64種類の性格」ではない
ここまで来ると、64卦の見方が少し変わってきます。
乾は積極的な人。
坤は受け身な人。
震は行動的な人。
艮は動かない人。
そのように人間の性格分類として読むこともできます。
しかし、それだけでは『易経』の世界はずっと小さくなってしまいます。
64卦が描いているのは、人間のタイプではありません。
世界の中で起こる「変化の型」です。
始まるとき。
伸びるとき。
出会うとき。
対立するとき。
待つとき。
進むとき。
退くとき。
満ちるとき。
衰えるとき。
終わり、そして再び始まるとき。
人間もまた、その変化の中に存在しています。
乾坤は「64分の2」でありながら、「64卦を生み出す根」にもなる
ここで、乾為天と坤為地へ戻ってみましょう。
乾為天は六本すべてが陽。
坤為地は六本すべてが陰。
形の上では、確かに64卦のうちの二つです。
しかし思想の上では、それだけではありません。
乾は、始め、動かし、生み出そうとする働き。
坤は、それを受け入れ、育て、具体的な存在として成立させる働き。
そして、この二つの働きがさまざまな割合、位置、関係で交わることで、多様な変化が生まれる。
そう考えると、乾坤は、
「第1卦と第2卦」
であると同時に、
「64卦全体を理解するための根本的な二つの力」
でもあります。
程頤は、目に見える「天」と、その働きである「乾」を区別しました。
『周易程氏伝』には「天者、天之形体。乾者、天之性情」とあります。
朱熹はさらに、天地を陰陽が形気として現れた実体、乾坤を『易』における純陽・純陰として説明し、剛柔二画から八卦、そして64卦へ展開する構造を説明しました。
そして『繋辞伝』を読む朱熹にとって、乾坤は諸卦を成立させる「易の門」であり、陰陽が結びつくことでさまざまな卦が生まれていきます。
64卦の旅を始めましょう
64卦を読むときに、一つだけ覚えておきたいことがあります。
『易経』は、
「あなたの未来はこうなります」
と未来を固定するためだけの書ではありません。
むしろ、
世界は常に変化している。
その変化には構造がある。
では、今、自分はその変化のどこにいるのか。
それを考えるための書として、長い歴史の中で読み継がれてきました。
その入口に置かれているのが、
乾為天。
そして、
坤為地。
です。
まず「生み出す働き」と「受けて成す働き」がある。
そこから陰陽が交わり、無数の変化が生まれる。
そして、その変化の世界の中に、自然があり、社会があり、私たち人間がいる。
そう考えてから64卦を読み始めると、
乾為天は単なる「第1番目の卦」ではなくなります。
それは、
「世界は、なぜ動き始めるのか」
という問いから始まる卦になります。
そして坤為地は、
「生まれたものは、どのように受け止められ、形になっていくのか」
という、もう一つの根源的な問いになります。
この二つから、『易経』という壮大な「変化の世界」が始まるのです。
そんな意識で読み進めていきたいと思います。
