易の興るや、それ中古においてか。
易を作る者、それ憂患あるか。
ここをもって、履は徳の基なり。
謙は徳の柄なり。
復は徳の本なり。
恆は徳の固なり。
損は徳の脩なり。
益は徳の裕なり。
困は徳の辨なり。
井は徳の地なり。
巽は徳の制なり。
履は和して至る。
謙は尊くして光あり。
復は小にして物を辨ず。
恆は雑にして厭わず。
損は先ず難くして後に易し。
益は長く裕にして設けず。
困は窮して通ず。
井はその所に居て遷る。
巽は称して隠る。
履をもって和して行い、
謙をもって礼を制し、
復をもって自ら知り、
恆をもって一徳とし、
損をもって害を遠ざけ、
益をもって利を興し、
困をもって怨みを寡なくし、
井をもって義を辨じ、
巽をもって権を行う。
訳文
易が成立したのは、おそらく古代の中頃であろう。
これを作った人は、深い憂いや不安を抱えていたのではないだろうか。
だからこそ易は、徳のあり方を次のように示している。
履は、徳の基礎である。
謙は、徳を動かす取っ手である。
復は、徳の根本である。
恆は、徳を持続させる力である。
損は、徳を磨く働きである。
益は、徳を豊かに広げる働きである。
困は、徳を見極める場である。
井は、徳が根づく場所である。
巽は、徳を調整し運用する力である。
履は、調和をもって物事を成し遂げる。
謙は、高い位置にあっても自然に輝く。
復は、小さな動きの中で物事を見分ける。
恆は、さまざまな状況の中でも変わらず続く。
損は、最初は困難だが、後に容易になる。
益は、豊かに広がるが、無理に作り出すものではない。
困は、行き詰まりの中から道を開く。
井は、場所にとどまりながら人々を潤す。
巽は、表に出すぎず、柔らかく働く。
そして人は、
履によって調和をもって行動し、
謙によって礼を整え、
復によって自分を知り、
恆によって徳を一貫させ、
損によって害を遠ざけ、
益によって利益を生み、
困によって無用な恨みを減らし、
井によって正しさを見分け、
巽によって状況に応じた判断を行うのである。
チームを成熟させる9つのステップ
――易経でつくる組織開発メソッド
チームは突然強くなりません。段階を踏んで成熟していきます。
易経のこの章は、そのプロセスを非常に明確に示しています。
順番に見ていきましょう。
① 履:土台を整える
まず安全に動ける状態をつくる
履は「踏む」「歩む」です。つまり、最初の一歩です。
チームで言えば、次のようなものです。
- 心理的安全性
- 基本ルール
- 役割の確認
ここが曖昧なままでは、何も進みません。
実践
まず「安心して発言できる場」をつくる(否定しない・遮らない)
② 謙:姿勢を整える
強さより、受け取る力をつくる
謙は「へりくだる」ではなく、次のような姿勢です。
- 相手から学ぶ姿勢
- 自分を固定しない状態
実践
「正しさ」ではなく「理解」を優先する文化をつくる
③ 復:自分を知る
チームの現在地を正しく認識する
復は「戻る」です。
- 何ができていて
- 何ができていないか
ここを冷静に見ることが大切です。
実践
振り返り(レトロスペクティブ)を定期的に行う
④ 恆:継続する
仕組みとして回す
良いことを一度やるだけでは意味がありません。
恆とは、続ける力です。
実践
- ミーティングの定例化
- 判断基準の統一
⑤ 損:削る
やらないことを決める
ここが非常に重要です。
強いチームは、足す前に削ります。
実践
- 会議を減らす
- 不要な業務をやめる
⑥ 益:広げる
価値を増やす
ここで初めて拡大です。
益は、
- 人を増やすこと
- 影響力を広げること
ではなく、価値を増やすことです。
実践
- 成功パターンの横展開
- ナレッジ共有
⑦ 困:試される
トラブルで本質が見える
どんなチームにも必ず困難が来ます。
このときに、
- 崩れるか
- 強くなるか
が決まります。
実践
トラブルを「責任追及」ではなく「構造分析」に変える
⑧ 井:社会に機能する
チームが役割になる
井は井戸です。
- 動かない
- しかし人を潤す
つまり、存在自体が価値になる状態です。
実践
「このチームがあるから回る」と言われる状態をつくる
⑨ 巽:柔軟に動く
ルールを超えて最適化する
最後は運用です。
巽は、
- 柔らかさ
- 調整力
です。
実践
- 状況に応じて判断を変える
- 現場に裁量を持たせる
全体像
この流れをまとめると、次のようになります。
- 履:土台
- 謙:姿勢
- 復:認識
- 恆:継続
- 損:削減
- 益:拡張
- 困:試練
- 井:社会化
- 巽:運用
このメソッドのポイント
重要なポイントは次の二つです。
①いきなり拡大しない
多くの組織は、すぐに成果を出そうとし、すぐに拡大しようとします。しかし易は逆です。
- まず整える
- 次に削る
- その後に広げる
そして最も重要なことは、
②順番を飛ばすと崩れる
ということです。
これを守るだけで、チームの成長は大きく変わります。
しかし、多くの組織がそれをできません。
理由は単純で、「整える」や「削る」という工程は、すぐに成果が見えないからです。
人はどうしても、数字として現れる成果を求めます。売上、規模、人数、影響力。こうした「伸びている状態」は分かりやすく、評価もしやすい。
しかし、「整える」や「削る」は一時的にスピードを落とす行為です。
会議を減らせば一時的に混乱するかもしれない。ルールを見直せば摩擦が生まれるかもしれない。
無駄を削れば、これまでのやり方を否定することにもつながる。だからこそ、多くの組織はそこに手をつけられません。
さらにもう一つの理由があります。
それは、「削ること」が怖いからです。
削るというのは、選択であり、同時に手放すことでもあります。やらないことを決めるというのは、これまでの投資や努力を一部否定することにもなりかねない。だから人は、足し続けることで安心しようとします。しかし結果として、組織は肥大化し、動きが鈍くなり、やがて自らの重さで崩れていきます。
そして、整っていない状態で拡大してしまうと、問題も一緒に拡大します。曖昧な役割はより曖昧になり、弱いコミュニケーションはさらに分断を生み、未整理の業務は雪だるまのように膨らんでいく。つまり、拡大とは単に成長ではなく、「構造のコピー」でもあるのです。だからこそ、整っていない状態で広げることは、問題を再生産することにほかなりません。
ここに易の示唆があります。
まず整え、次に削り、そして初めて広げる。この順番は、効率ではなく「持続」のための順番です。一時的に遅く見えても、結果的には最も速く進む道なのです。
ケース① 急成長スタートアップ
あるITスタートアップは、プロダクトがヒットし、一気にユーザーが増えました。
売上は右肩上がり。投資も入り、人員も急拡大。
ここで多くの企業がやるのが、「そのまま広げる」ことです。
しかしこの企業は違いました。
一度立ち止まり、
- 意思決定のルール
- プロダクトの優先順位
- チーム間の役割
を徹底的に整理しました(履)。
次に、
- 不要な機能
- 使われていない施策
- 重複している業務
を削りました(損)。
その結果、組織の動きが軽くなり、
その後の拡大(益)が一気に加速しました。
もしこの企業がそのまま拡大していたら、
- 機能は増えるが使われない
- チームが増えるが連携できない
- 意思決定が遅くなる
という状態になっていたはずです。
ケース② 大企業の新規事業
ある大企業が新規事業を立ち上げました。
初期はうまくいきましたが、途中から停滞します。
原因はシンプルでした。
- 会議が多すぎる
- 承認プロセスが複雑
- 判断が遅い
つまり、「削る」ができていなかった。
そこで、
- 会議を半分に削減
- 承認フローを簡略化
- 意思決定権を現場に移譲
を実施しました。
すると、
- スピードが上がり
- 現場の判断が早くなり
- 成果が出始めた
ここで初めて、事業を横展開(益)できる状態になりました。
ケース③ 崩れた組織
逆の例も見てみます。
ある企業は、順番を飛ばしました。
- 組織設計が曖昧なまま
- 業務も整理されていないまま
- 人だけを増やした
結果どうなったか。
- 誰が何をやるか分からない
- 同じ仕事を複数人がやる
- 責任の所在が不明確
さらに、
- 会議が増える
- 調整コストが増える
- スピードが落ちる
典型的な「拡大による崩壊」です。
これはまさに
順番を飛ばすと崩れる
の実例です。
見えてくる本質
これらの事例から見えてくるのは、
拡大は「成果」ではなく「結果」だということです。
- 整っている
- 無駄がない
この状態ができて初めて、自然に広がる。
逆に言えば、
整っていないものは、広げるほど壊れます。