大寒《七十二候》 染谷康宏

大寒の七十二候について、それぞれ見て行きましょう。

初候

はじめに初候ですが、2019年の期間は1月20日から24日までとなっています。

略本暦(日本)では、款冬華(ふきのはな さく) となっています。 款冬(かんとう)は、フキの別名ですが、ここでの意味は、の薹(ふきのとう)が蕾を出すということになります。フキは他の植物に先駆けて花を咲かせるので、春の息吹や喜びを感じさせる植物です。

フキは日本原産の植物で、古い時代から食され親しまれてきました。

我が家の庭にも、かなりの面積でフキがはびこっています。これは母親がフキを好んでいて、自分で食べるため植えたものが増えてしまったのです。母の亡き後は、誰にも採られることがなかったので増えてしまったのですが、私も歳を取るにつれ、フキの苦味が恋しくなりその美味しさもわかるようになりました。今ではフキ味噌煮やキャラブキが思い出の味となり一層味わい深い春を楽しめるのです。

と言っても、フキは花をつける茎と葉をつける茎が別々になっており、まず花茎をのばして花を咲かせた後に地下から伸びる葉のフキが出てきます。ですから、この大寒の時期には、花をつまんでフキ味噌を楽しみ、温かくなって茎が伸びてからキャラブキを作ることになるのです。

こうしてフキのブログを書いていますと、北海道の「ラワンブキ」の事を思い出しました。家族旅行で立ち寄ったラワンブキの畑で巨大なフキを見たのです。大きいものだと3m以上にもなる巨大なフキなのですが、ご存知ですか。茎の直径が10㎝という太さになるのに、普通のフキよりアクがなくやわらかで食べやすいのです。大きなラワンブキの畑に行くと、大人の自分が小人(コロボックル)になったかのような錯覚を覚えるような不思議な感覚だったことを思い出しました。つい話が逸れました。

 

一方の宣命暦(中国)は、鶏始乳(にわとり はじめて にゅうす)ですが、これは鶏が卵を産み始めるという意味になります。

一般的には、卵から孵化したヒヨコは成長してから4~5か月で卵を産み始め、初卵は貴重な縁起物とされています。しかし、ここで言う「鶏始乳」は、ヒヨコが大きくなって卵を産み始めるという事を言っているのではありません。

鶏の寿命は10年くらいあって卵を産むのはその内の7~8年なのですが、人工的に飼育していない場合には冬場になると卵を産まなくなり、羽が自然に生え代わるのです。そして大寒から立春のころ再び卵を生み始めることから、「鶏始乳」と言ったのです。

そして大寒のころは採卵数が減る上に、鶏が飲む水の量が減り、寒さに対抗するためたくさんの餌を食べるようになるため栄養価の高い卵が採れるのです。それ故、卵の旬は寒の時期から春先までとされているのです。野菜でもない卵にも旬があるなんてなんか不思議です。この他、風水的にも大寒の卵は、金運と健康運がアップされると言う話もありますから、縁起物である「大寒卵」をぜひ召し上がってみてください。

 

次候

次候は1月25日から29日までで、略本暦(日本)は水沢腹堅(さわみず こおりつめる)となっています。意味は、沢に氷が厚く張りつめるということです。これは末候の宣命暦と同じ内容になります。

大寒の時期になると、寒修行や寒中水泳の様子がテレビでもよく放送されます。武道をやる人は、寒稽古に取り組んだりします。この修行は、寒い時期の稽古によって、己の心身と技を鍛えるという意味なのですが、それだけではありません。実は、二十四節気の上で大寒は、「邪気払い」や「気を引き締める」時期とされていることに関係があります。節分や恵方巻も、「邪気払い」で同じです。

 

宣命暦は、鷙鳥厲疾(しちょう れいしつす)となっており、鷲や鷹などが空高く速く飛び始めるという意味になります。今回も普段使うことのない漢字が出てまいりましたが、この「鷙鳥(しちょう)」の「鷙(しつ)」は訓読みでは、「あらどり」などと読み鷲や鷹などの猛禽類の事を言います。また「厲疾(れいしつ)」の「厲(れい)」は、「といし」や「はやい」などと読み、厲疾は激しく速いことをいうのです。

今回の大寒には、初候と末候に鶏、次候には鷲鷹が出てまいりますが、鷲鷹の猛禽に対して鶏など人に飼われている鳥は家禽と言われます。

鷹などの鳥類は恒温動物ですから山に雪が降り積もっても、餌をとるために毎日上空を旋回しているはずです。大寒の七十二候で鷲や鷹が出てくるというのは、鷲や鷹が狙う獲物である小動物たちが徐々に動き出して春の兆しを示しているのを象徴的に表したのだろうと思います。

ところで鷲と鷹の違いは何なのでしょうか。調べてみますと、生物分類学的には違いはないのだそうです。強いて言えば大きいのが鷲、それよりもやや小さく中型の猛禽類が鷹というのだそうです。

 

 

 

末候

最後に末候ですが、1月30日から2月3日までが期間となります。

略本暦(日本)では、鶏始乳(にわとり はじめて とやにつく)となっています。次候の略本暦とは読みを違えていますが、鶏が卵を産み始めるという事で同じ意味です。

ここで言う「とやにつく」は、「 鳥屋に就く」ということであり鳥が羽の抜けかわるとき、一時小屋に入って餌を食べなくなったりする事や鶏などが産卵のために巣にこもることを言っています。また鳥の羽が抜け替わること、そのものも「とや」と呼ばれたりもします。

つまり雌鶏が卵を産むという事に関する季節の表現となっているのですが、雄鶏も時計のない時代には鳴き声が重宝されたのです。夜明けになく鶏の声で、竃(かまど)を炊きつけ朝の準備をしたそうです。また、鶏は夜明けを知らせるため、神や精霊の時である「夜」と人間の時である「昼」との境目を告げる霊鳥だとされ、中国では吉兆をもたらす動物とされてきました。

ところで何故鶏(にわとり)と呼ばれたのでしょうか。一説には、庭にいる鳥なので「にわつとり」と呼んでいて、それが「にわとり」にというのがあります。また、鶏の元々の羽の色が日本の伝統色でもある丹色(にいろ)に似ていたことから、「丹色の羽の鳥」から付けられたという説もありました。

また卵を取るために鶏を飼う事が多くなったのは、江戸時代になってからのことだそうで、無精卵は孵化しないため仏教で禁じられている殺生にあたらないとされたことも、多くの人が食べるきっかけになったと言われています。

今でこそ、鶏は一年中卵を産んでいるのですが、自然の状態では春から秋にかけてが産卵の時期で冬は産卵をしなかったのです。

これには日照時間が大きく関係しているのです。光がホルモンを分泌させるため日照時間がある程度長い必要があるのです。そういう意味からも冬季が終わるこの大寒が産卵開始の時期に当たるというのも理解できます。

昔の人は、季節の変化を本当に良く観察していたという事ですね。

 

最後に宣命暦(中国)では、水沢腹堅(すいたく あつく かたし)となっており、次候の略本暦にある内容と同じで、「沢に氷が厚く張りつめる」ということす。

以前中国旅行をした時に天然の湖で多くの市民がスケートを楽しむ姿を見たことがありますから、古い時代の氷はかなり厚く張っていたのでしょうね。

日本でも私が子供のころは、自然の川や池が結氷して昼間でも融けることがなく、天然のスケートリンクになっていたことを思い出しました。小中学生の多くがスケート靴を履いてスイスイ滑っていましたが、温暖化が進む現在ではそうした光景はもはや見られなくなりました。

大寒が終われば、もうすぐ春です。「小寒の氷が大寒に解ける」という言葉もあるように年によっては大寒の方が小寒より暖かいことも少なくありません。今年は雪どころか雨もほとんど降らない関東地方です。

ひと頃に比べると日差しも格段に明るくなって来ました。

我が家でも庭の片隅に積もった枯れ葉をそっと払いのけると、小さなフキノトウがもう膨らんでいます。

見えないところで音もなく、春が出番を待ちわびているようです。

 

 

ふとこんな童謡が頭の中に流れてきました。

♪ どこかで春が 生まれてる

どこかで水が 流れ出す

どこかで雲雀が 鳴いている
どこかで芽の出る 音がする ♪

童謡は、感性鋭く素晴らしい着眼点で季節を表していると思うのですが、二十四節季や七十二候も季節を上手に表現しているなと改めて感じます。