冬至は、古代社会においては特別な日… 染谷康宏

冬至は、古代社会においては特別な日

現在の暦は太陽暦(グレゴリオ暦)です。グレゴリオ暦では、春分点が起点とされていますが、古来中国では冬至日を新年が始まる起点日と考えていました。これは先ほどより触れておりますように、冬至は一年のうちで一番日照時間が短く、太陽が復活する日として重要視していたからです。

冬至は、暦の起点として神聖なばかりでなく、日照時間が最も短くなり、また最も力の弱まった太陽が、その日を極として再生してくる日という陽気再生の日でもあった為、古代中国においては神聖で特別な日であり、先祖を祀る大事な日として捉えられていました。现在でも冬至はこの祝日を祝います。

クリスマスも、太陽の復活を祝う古代ヨーロッパのお祝いが起源だといわれています。その頃の冬至日が12月25日だったことから、この日がキリストの降臨日になったと言われているのです。

この他にも古代の遺跡のストーンヘンジ(イギリス)、アブシンベル神殿(エジプト)、チチェンイツァ(メキシコ)、テオティワカン(メキシコ)、マチュピチュ(ペルー)など、名だたる遺跡で、冬至に祭祀を行っていた形跡が残っているのです。

まさに冬至は世界中で祝われた特別な日だったのです。

 

「影踏み鬼」

冬至について、暦便覧を見ますと「日南の限りを行て、日の短きの至りなれば也」と説明しています。日南(にちなん)と読んでしまうと意味が分からなくなってしまいますが、「日、南の限りを行て」と読むときちんと意味が通ります。つまり太陽が一番南の位置まで行って、日照時間が一番短くなる時が冬至ですと言っている訳です。

「南の限り」つまり南中高度が低いという事は、影が長くなるという事です。

幼き頃の遊びの一つに「影踏み鬼」がありました。「影踏み鬼」とは、誰か一人を鬼にまず決めます。そして、他の人は一斉に建物などの日陰に入ります。合図と共に日陰から飛び出して、鬼に影を踏まれたらおしまい!で踏まれた人が今度は鬼になるという、鬼ごっこのような遊びです。子供の頃の記憶では、晩秋から冬にかけて、身体を暖める遊びとして楽しんだ覚えがあります。

こう考えると、冬至の日は一番やり易いかもしれませんね。身長160センチの人を例にすると、東京では影が266センチまで伸びるので本当に長いです。逆に夏至の日には、34センチしかありませんから、なかなか影を踏むことができません。

因みにウィキペディアで「影踏み鬼」を調べてみますと、昔からある遊びで明治30年代までは月あかりの夜に行われることが多かったと出ています。月明かりの時間という時間帯を考えると、やはり日の沈むのが早い、晩秋から冬の遊びだったのでしょう。昨今のご時世では、月明かりがあるとはいえ、夜中に夜影ふみ遊びなど絶対にできません。当時は、夜でも子供が安全に遊べる環境があったという事なのでしょう。

ところで皆さんは、月明かりの影は、夏に長く、冬に短いと知っていましたか。

真冬の月は、太陽とは真逆です。

太陽(陽)の力が弱くなると、月(陰)の力は増すのです。ですから冬になると、濃い群青色の夜空の高いところで力強く月は輝いています。太陽と月は、陽と陰にたとえられますが、しっかり真逆になっているのが確認できると、面白さを感じます。

冬の太陽は優しく、月は力強いのです。

そしてそれは何千年も変わらず、私達は古代の人達と同じ太陽と月をみているのです。

さて、そんな月を眺めながら、次から七十二候の解説を始めます。