二十四節気 季節で感じる運命学《寒露》染谷康宏

寒露は、二十四節気の第17番目で、2018年の期間は10月8日から10月23日までとなります。太陽黄経は、「秋分」の180度に15度加わり195度です。
寒露とは、草花に冷たい露が付く時期。秋霖(しゅうりん)が終わり、紅葉も始まり秋の深まりを感じる時期です。
また、月が美しく見えるのもこの季節の特徴の一つでしょう。仄明るい月明りの中、虫たちの演奏会を楽しめるのもこの時期ならではの事かもしれません。

虫の声
ところで皆さんは、虫の声を聴き分けることができますか。

童謡「虫の声」に出て来る虫たちは、こんな風に鳴いていますよね。

♪松虫は  チンチロ チンチロ チンチロリン

鈴虫は  リンリン リンリン リインリン

きりぎりすは  キリキリ キリキリ

くつわむしは ガチャガチャ ガチャガチャ

うまおいは  チョンチョン チョンチョン スイッチョン

ああおもしろい むしのこえ ♪♪

と歌っています。思い出しましたか?

※(きりぎりすは、昭和10年コオロギに変更)

個人的にはコオロギは、コロコロ コロコロと聞こえるのですが、童謡ではキリキリと歌っています。コロコロ,ガチャガチャなど声の表現はどうあれ、私たちは当たり前のように虫が奏でる「音」を「声」として聴いていますよね。

誰も疑問を持つ事もなくそう聞いているのですが、虫の鳴き声を「声」として聴いているのは、世界中で日本人とポリネシア人だけという研究結果があるようです。では、その他の国の人々の耳にはどのように聞こえるのでしょうか。

研究によると、単なる雑音として聞こえるのだそうです。車の騒音などと同じで、しばらくすると耳が慣れて虫の声は耳に聞こえなくなるのだそうです。

私たちにはなかなか理解しがたいのですが、虫の声が「人の言葉」のように聞こえるのは、虫の声を左脳で聴いていることがその理由なのだとか。右脳は、音楽など芸術分野など五感を通じたイメージ認識を得意とする脳であり、左脳は人の話す声の理解などを受け持つ言語脳であるため虫の声も人の言葉のように聞くのです。

もっと詳しく説明すると、左脳で聴く原因は脳そのものにあるのではなく、日本語に由来するものであることも研究で分かっています。つまり日本人だからではなく、日本言語の不思議さです。アメリカ人であっても、日本語を母国語として育った人は、やはり虫の声を左脳で聴き、英語を母国語とした人は右脳を使うそうです。左脳で聴くと、虫の声を人の言葉と同じように認識するため、「虫の声」として聞き、文学的な表現に用いるようになったのではないかと思います。

 暦の解説書である『暦便覧』では、寒露を「陰寒の気に合つて露結び凝らんとすれば也」と説明しています。

まさに寒露をそのまま説明したような内容で、朝晩の空気が冷えて葉先に露が結ぶという意味です。

 

露とは・・・

「白露」の時に、放射冷却で朝露ができる話をいたしましたが、植物の葉先に水滴ができるのはこればかりではありません。

イネ科植物などいくつかの種類は、「水孔」から水分が出て露を作ります。つまり葉につく露は2種類あるのです。植物は、二酸化炭素や酸素を「気孔」で出し入れしていますが、水分は「水孔」を通して排出します。

秋雨で濡れた土からたっぷり水分を吸い上げたのに、早朝で気孔が開いていなため、葉先に水滴を作り排出する現象が、朝露です。そのため、「水孔」から出た水滴は、葉の上でなく先端に雫を作ります。水孔は、植物が活性化されているときに起きやすい現象なので、今の季節だけでなく、夏の早朝などにも見られます。放射冷却で出来た露は、空気中の水分が結露したものなので真水ですが、水孔でできた露は植物の中を通って出て来た水なのでイオンが含まれてます。植物のもつ底知れぬ力を感じます。

 

七十二候では

それでは七十二候について触れていきましょう。初候は、略本暦(日本)は鴻雁来(こうがん きたる)となっており、宣明暦(中国)では、鴻雁来賓(こうがん らいひんす)となっています。次候の略本暦は、菊花開(きくのはな ひらく)で、宣明暦は雀入大水為蛤(すずめ たいすいにいり はまぐりとなる)となっています。これは理解が難しいですね。最後に末候ですが略本歴は、蟋蟀在戸(きりぎりす とにあり)であり、宣明歴は菊有黄華(きくに こうかあり)となっています。

 

初候

それでは七十二候について個々のお話に入りましょう。

まずは「寒露」の初候です。略本暦(日本)では、鴻雁来(こうがん きたる)となっており、宣明暦(中国)では、鴻雁来賓(こうがん らいひんす)となっています。鴻雁来(こうがん きたる)については、お気づきの方もいらっしゃるかもしれませんが「白露」の初候(宣明暦)とそっくり同じ内容なのです。

白露は、寒露より約1カ月前になるので、日本より1月ほど早い時期に雁が来ると言っている訳です。ここで改めて説明するまでもなく、越冬のために雁(がん・かり)が日本に飛来してくるという意味となります。

一方、宣明暦では鴻雁来賓(こうがん らいひんす)となっていますが、鴻雁来(こうがん きたる)と何が違うのでしょうか。直接的な意味は「雁が来る」と言う事だが、「来賓」という表現を用いている点が違います。では来賓とは何かという事が問題になります。

来賓を辞書で引きますと、「式や会などに招かれて来た客」と出ています。鴻雁来賓に当てはめてみますと、雁が秋に招かれて来たお客様と言うことになるのですが、これでは意味が分かりませんよね。ただ人の世に当てはめてみると、「来賓」は遅れてくることが常であることから、他の渡り鳥に比べて雁が遅くやってくるという風に理解できるのではないかと思います。白露で鴻雁来と言っているので、それよりも1月遅れてやってくる「来賓」なのだと理解できるわけです。

 

 

次候

次候の略本暦は、菊花開(きくのはな ひらく)となっており、宣明暦は、雀入大水為蛤(すずめ たいすいにいり はまぐりとなる)となっています。「菊の花が開く」は、そのままで全く説明は要りませんが、末候の宣明暦にも「菊有黄華」があります。菊の花は、秋を代表する花だと言う事なのでしょう。

宣明暦は、雀入大水為蛤(すずめ たいすいにいり はまぐりとなる)となっていますが、これにはいささか説明が必要です。

一説によれば、これは中国の古典「大戴禮記(だたいらいき)」に由来するもので「雀入大水為蛤」(スズメが海中に入って、ハマグリになる)から来ていると言われています。これは秋になり海辺に集まったスズメたちが海に入ってハマグリになるという迷信が信じられていたからだとも言います。つまりハマグリがスズメの化身だというわけです。このようなことから、日本の俳句でも「雀蛤となる」は秋の季語になっているのです。

ちなみに「大戴礼記(だたいらいき)」は、漢代の儒者が古代の礼文献を取捨して整理 した儒教関連の論文集のことでが、この中に「鳥魚皆生於陰而屬於陽 故鳥魚皆卵 魚游於水 鳥飛於雲。故冬燕雀入於海 化而為蛤」と書かれています。

この他にも良く調べてみますと、もう一つの説が見つかりました。NHKの「美の壺」で取り上げられた「福良雀貝(ふくらすずめがい)」のことです。

貝の一種に「福良雀(ふくら雀)」という小鳥の姿に似た貝がある事を紹介しています。「福良雀貝」は、雀が羽毛を逆立てて冬の寒さに耐えるスズメの様に似ているのです。

まんまるになったスズメは、見た目がとても可愛いのです。中国の人々も貝を見て、そのイメージがぴったりと重なったためこうした故事が生まれたのではないでしょうか。一方、日本でも「ふくらすずめ」は家紋として使われています。まるまると太ったスズメは、繁栄や豊作の象徴として喜ばれたからです。稲穂を食べてしまう困りもののスズメも、結構愛されていたのですね。

 

末候

最後は末候ですが略本暦では蟋蟀在戸(きりぎりす とにあり)となっており、宣明暦では、菊有黄華(きくに こうかあり)となっています。蟋蟀在戸(きりぎりす とにあり)は、きりぎりすが戸口のあたりで鳴くという意味になります。ここで言う「きりぎりす」ですが、その昔は「コオロギ」の事を言っていたようですね。童謡「虫の声」のきりぎりすも、このような理由から途中でコオロギに変更されてしまっています。そのためせっかく韻を踏んだ作詞が台無しになってしまっているのが残念です。

私の家でも時々コオロギが入ってしまい、玄関で鳴いていることがあります。入ってしまうと夜中に鳴き声ばかりが響いで、困ってしまうのです。「きりぎりす戸にあり」は、そのような感覚ではないかと思います。

一方、宣明暦は菊有黄華(きくに こうかあり)ですが、次候の略本暦では菊花開となっています。意味は両方とも菊の花が開くと言う事なのですが、宣明暦には黄色の華という文字が使われています。

ここでのポイントは「花」と「華」ではないでしょうか。2つの違いは何なのかと言う事です。まず「花」ですが、それは植物が咲かせる花、それを言うのです。一方の「華」は、花そのものを意味するのではなく、花がたくさん咲いている、あるいは艶やかな花が咲いていると言うような、「華やか」という形容詞的な使い方をする言葉なのです。

つまり次項では、菊の花が咲くと花そのものに焦点を当てているのに対して、末候では黄色い菊の花が華やかに咲くというように菊のイメージを膨らませている点に違いがあると思うのです。黄色という色を言っているのも注目ですね。確かに菊の色をイメージするとき、黄色が真っ先に浮かぶような気がしますからね。

菊の姿・花の色形そして香りが日本人に愛され、皇室の御紋とされたのは誰もが知るところです。現在は、桜と共に国花として愛される花となっていて、日本のパスポートの表紙にも描かれています。そして重陽の節句も菊の花が日本中に広がるきっかけになっているのでしょう。

余談ですが、「きく」は訓読みではなく音読みだと知っていましたか。私は第二外国語で中国語を学んだのですが、確か北京語では第2声のjú (チュー)なので日本語のkiku(キク)とは違っているのですが、実は広東語ではkuk(クク)と発音し日本語のキクに非常に近い感じになります。

音読みということは、元々日本にはない花であり、菊が渡来したときに中国の名前がそのまま日本に入って来たと言う意味に繋がります。

菊花といい重陽の節句と言い、中国からは様々なものが伝来しています。

当協会で皆様が学ばれている学問と同じく、日本文化は中国の影響が強く、それを独自に発展させて今があります。西洋文化に走り始めた明治維新から150年、今一度、私達の文化を東洋の視点でとらえるべき時期に来ているのではないかと思うのです。

 

数理暦学担当講師 染谷康宏