二十四節気 《清明》七十二候 染谷康宏

毎年、清明のこの時期に新1年生が大きなランドセルを背負って通学する姿が見られます。少し緊張した初々しい姿に、心の中で頑張れと声をかけてしまいます。

私が1年生となった頃は、入学式に桜が咲いていた気がするのですが、近ごろではすっかり葉桜になってしまっています。昔に比べて、季節が一週間くらい早くなってしまっている様に感じます。

今年も例年同様、3月の下旬に開花しましたが、その後寒い日が続いたので2週間も桜を楽しむことができたため、入学式まで花は散らず、間に合いました。季節が粋な計らいをしたと思ったものです。

暦便覧では、清明を「万物発して清浄明潔なれば、此芽は何の草としれるなり」と言っています。目線を少し落として見ると、たくさんの植物が一斉に伸びて来ていることに気づかされます。しかし、暦便覧にあるような伸びた芽を見て草の種類が分かるという人は、多くはないでしょう。

いきなりですが、顔も名前も覚えず、その人を愛することなんてできないでしょう。
それと同様に草の名ひとつさえも覚えずに自然と親しむ事はできないし、まして種類を見分ける事などできません。植物の名前を一つひとつ覚えて行くことから、自然への理解が始まるのです。

理解の上に観察があり、それが違いや変化を見る力を養います。野に育つ植物をひとまとめにして「雑草」などと呼んでいては、暦便覧にあるような「此芽は何の草としれるなり」とはならないでしょう。

都会では、歩道を歩いていても、草も生えてはいません。しかし田舎では、草の生えていない場所の方が少ないので、いつの間にか植物に詳しくなっていきます。昔の人も、日々植物に触れ、その時々の気候など様々な情報を得ることができたでしょう。

体感で季節の情報を得ることができて、自分が種を蒔くべき時期を知ったのです。

私たちは、いつの間にかそのような大切な感覚を失ってしまったのではないでしょうか。

春も次の穀雨で終わりとなります。私の家の周りではすでに田植えも始まっています。近づいてくる夏を肌で感じながら行う農作業も、なかなか大変そうです。

 

初候

それでは「清明」の七二候について触れて行きましょう。

清明の初候は、4月5日から9日までです。

まず初候略本暦(日本)ですが、玄鳥至(つばめ いたる)です。「玄鳥」については、「白露」の回でも触れておりますので、再度ご覧いただければ幸いですが、読んで字のごとく日本に燕がやってくる時期だということを意味します。日本においては、ツバメの飛来は稲作を始める合図でもあります。昔なら苗代づくりのために、田んぼに種をまき始める頃です。

我が家の周りでは、すでに田んぼに水が引かれ始まりましたが、それは昔のように苗代作りためではなく、田植えをするためです。

現在では、4月のこの時期に田植えが始まります。箱苗をビニールハウスで育てるため、苗代は作らないのです。機械化され田植えが早くなったということなのです。

七十二候を理解するとき、現在の田園風景だけを見ていては理解が違ったものになってしまうかもしれません。技術が進んだ農業は、昔とは少し違うものになっています。

ツバメがやってくるこの時期は、餌となる虫も動き出す季節です。しかし里山や農耕地の減少によって、ツバメの数が減っているようです。もちろん原因はそればかりではなく、住宅事情も影響しているそうです。西洋風家屋が多くなり、巣を作る環境が減っていることも一因だそうです。日本のみならず中国でもそれは似た状況かもしれません。人口が多く、都市化が進む中国では、高層住宅ばかりで戸建ての住宅は少なくなっています。営巣する場所もなかなか見つからず、個体数が減少しているようです。

略本暦や宣命暦が書かれた時代には、きっと今よりもずっと多くのツバメが人々の生活の中に存在していたのでしょう。

 

一方の宣命暦(中国)では、桐始華(きり はじめて はなさく)となっています。意味は字のごとく、桐の花が咲き始める季節ということになります。

七十二候の中に桐は、大暑の略本暦中に「桐始結花(きりはじめてはなをむすぶ)」が出て来ますが、今回と一つずつしか出てまいりませんので多くはありません。

桐は、この時期紫色の花を咲かせるので比較的目立つ樹です。先ごろ訪問した中国でも、紫色の花が咲いた桐をあちこちで見ることができました。

私の家の近くには、350年の暦史を持つ桐ダンスで有名な春日部市があるため、比較的多く見ることができる樹木です。また、茨城県結城市あたりでも多く見ることができます。結城市は桐ダンス以外に、桐下駄の産地であります。

和ダンスと言えば、昔から素材は桐が使われています。軽くて燃えにくい、しかもいざ火災が起きたときに、消火の水がかかっても、しっかりと中の衣類を守る特性が好まれたからです。硬貨やパスポートのデザインにも使われていますし、有名武将の家紋などとしても使われています。

また、桐の花は、5月1日の即位式に新天皇が付けられた3つの勲章の一つにも「桐花大綬章」が含まれていたことが印象に残ります。桐花大綬章には、紫の桐の花が葉とともにあしらわれています。

桐という植物が、日本人にとって特別であるこという証でもあるようです。

 

次候

次候は、4月10日から14日までです。

略本暦(日本)は、鴻鴈北(こうがん きたす)で、宣命暦(中国)は、田鼠化為鴽(でんそ けして うずらとなる)です。

鴻鴈北(こうがんかえる)は、雁が北へ渡っていくと言う意味ですが、日本で越冬をしていた雁(かり/がん)が気温の低い北国へと戻っていく事を意味しています。ツバメは南方から日本にやって来ますが、雁は逆に日本を飛び立って行くという真逆の渡り鳥なのです。

ちなみに、鴻鴈(こうがん)に関しては、七十二候の中に次の6か所に出てまいります。

節気 七十二候 意味
雨水 次候( 2月24日~) 宣命暦 鴻雁来 が飛来し始める
清明 次候( 4月10日~) 略本暦 鴻雁北 が北へ渡って行く
白露 初候( 9月 8日~) 宣命暦 鴻雁来 が飛来し始める
寒露 初候(10月 8日~) 略本暦 鴻雁来 が飛来し始める
寒露 初候(10月 8日~) 宣命暦 鴻雁来賓 が多数飛来して客人となる
小寒 初候( 1月 6日~) 宣命暦 雁北郷 が北に渡り始める

狭い東京の空では、雁が群れだって飛んで行く姿をゆっくり眺めることもできませんが、せめてこの時期顔を上げて探して見るのも良いかもしれません。

 

宣命暦は、田鼠化為鴽(でんそ けして うずらとなる)です。七十二候ではたびたび出現する「化す」シリーズです。意味としては、「熊鼠が鶉になる」ということになります。

ここで言う「田鼠」を「爾雅(じが)」という漢の時代に書かれた類語・語訳辞典で調べて見ますと、「形・大きさは鼠の如く、頭は兎に似て、尾には毛が有り、青黄色で好んで田の中に在り粟・豆を食む。」と書かれているのです。この他のもので調べると「たねずみ」と読む場合には田畑に住むクマネズミの別名となり、「でんそ」と読むとモグラの別名だと書いてあります。しかし、私たちの知るクマネズミは、一般的には建物の中で生息していることが多く、田んぼの中が主たる生息場所ではないのです。屋根裏で運動会をしているネズミ は、このネズミの事が多いのです。ただし、江戸時代の人々は、クマネズミの事を田鼠と呼んでいました。

また「鴽」についても、先に述べた「爾雅」や「釈名」の中にある「釈鳥」を調べて見ると、ミフウズラの事であると出ています。ミフウズラは、別名フナシウズラと言われます。ウズラの卵なので知られているウズラはキジ科ウズラ属の鳥ですが、ミフウズラはチドリの仲間になるのです。地面の色に似ていて、生息している草原や田畑では見つけにくい鳥です。

それぞれの説明はともかく、なぜ「田鼠」が「鴽」に化すのでしょうか。

色々と調べますと、陰陽五行で田鼠は「陰」、鴽は「陽」とされることから、陽の気が強くなる春になって陰(田鼠)が陽(鴽)に転ずることを表現しているとされているとされていました。しかし、十二支を陰陽五行の分類で見てみますと、田鼠(でんそ)はネズミですから子(ね)としてみると、陽なのです。また鴽(うずら)を酉としてみた場合には、陰となりますので必ずしもこの説明が正しいとも言えないような気がしてしまいます。

 

最後に清明の末候ですが、期間は4月15日から19日までです。

末候は、略本暦(日本)宣命暦(中国)ともに「虹始見(にじ はじめて あらわる)」となっています。

これは、冬の乾燥した空気から、春の深まりとともに湿度の高い空気になることから起こる現象なのでしょう。また、冬は日差しが弱いので条件として虹が出にくいのですが、夏に向かって日差しが強くなってくるので、虹の見える機会も増えてくるようです。そのため、「初虹」は晩春の季語とされています。そして、「虹」は、夕立が多い夏の季語になるのです。

虹が見えるためには、いくつかの条件が必要です。虹は雨粒に反射した太陽の光なので、大きな雨粒と太陽の強い光が必要です。つまり雨が少量だったり、空全体に曇がかかってしまうと、虹を見ることはできないのです。末候で用いている虹には、日暈(にちうん)や環水平アークといった虹の仲間は含みません。

きれいな虹が出る好条件は、夕立が東の空に降り、強い夕日がそれを照らしている状態の時です。私は、夕立のあとの明るい陽射し出たときは、必ず太陽を背にして東の空を見るようにしています。こんな簡単なことを心掛けていれば、虹を見るチャンスは格段に増えます。

ちなみに二十四節気で、虹が見えなくなるとされているのは、小雪の初候(11月22日)です。

11月22日から4月15日までの約5か月間は、虹が見えない季節になります。七色の虹が見えない時期に楽しめるのは、モノトーンの世界になります。