春分の二十四節気 七十二侯 染谷康宏

春の節気は立春から穀雨まで6つあるのですが、春分は第4番目になります。桜も花開き、春爛漫と言う季節です。

暦便覧の中でも、「日天の中を行て 昼夜とうぶんの時なり」とあるように、昼夜の長さがおおよそ等しい時期になります。しかし、陰陽のバランスから言うと、春分は陰の気が極まった冬至から徐々に陽の気が強くなり陰を上回ってくる時であり、逆に秋分は陽の気が極まった夏至から徐々に陽の気が弱まり陽の気を陰の気が上回った時になるのです。

つまり春分・秋分は、陰陽のバランスは取れていても、気は絶えず変化しており、静止している訳ではありません。バランスの中の上昇トレンドが春分、下降トレンドが秋分になります。外側からは動きが少なく見えたとしても、そこに内包している力は拮抗していて、激しくとても強く変化しているのです。

運気の判断は、こうしたトレンドを見極めることが大切になります。

それでは「春分」の七十二候について、日中両面から見ていきましょう。

 

  

初候

立春の初候・略本暦(日本)は、「雀始巣(すずめ はじめてすくう)」です。「雀が巣を作り始める」という意味になります。

我が家を塒(ねぐら)としている雀はかなりの数に上りますが、春先になると枯草や藁を屋根瓦の隙間などにせっせと運び巣を作り始めます。都市化していない昔の街ならば、我が家の状況と似たような風景がいたるところで見られたでしょう。

立春の初候に雀が登場するのは、人々に春の訪れと動植物が活発に動き出すこの時機を象徴的に表すことができたからでしょう。

番(つがい)になった雀は、巣の中に5個くらいの卵を産むのですが、10日前後で孵化し半月ほどで巣立っていきます。つまり、番になってヒナの巣立ちを迎えるまでには、おおよそ1か月ほどかかるという事です。そして、このような子育てを春から秋にかけて、4~5回ほど繰り返すのです。

ただし卵からヒナとなって巣立っていくのは、4~50%程と言う研究結果もあるようなので、余り高くないのですね。我が家の周りは田園地帯で餌も多く、懸命に子育てする姿はとても健気です。親がヒナに餌を運ぶ回数は、1日に50回を超えるそうですから、親もヒナも必死です。

秋になって稲が実る頃になると、まだ固くなっていない稲穂を嘴でつぶしてしまうので農家の人に嫌われる雀ですが、愛嬌のある姿と鳴き声が、私にはとてもかわいく思えます。そう思うのは私だけではないようで、雀は昔から縁起の良い動物として愛され、季語や家紋としても使われています。厄をついばみ、福徳・財徳が備わる縁起物として、また福良雀として幸福を呼ぶものとされてきたのです。

続いて春分の初候・宣命暦(中国)は、「玄鳥至(げんちょう いたる)」です。「燕が南からやって来る」という意味になります。この「玄鳥至」は、日本の七十二候では春分の次の節気である「清明」に出てまいります。つまり、ツバメが南半球から北半球に渡ってくる時期は中国の方が半月ほど早いという事です。ただ、ツバメが日本に渡って来るルートは、中国大陸を経由してくる訳ではなく、フィリピンから台湾、沖縄などを通過して、日本列島を北上してくるのです。摂氏9度の等温線に沿って移動し、20㎞前後の移動を繰り返しながら北進してくるそうです。中には1日に300㎞も飛行する個体もいるそうですから、素晴らしい飛行能力です。そして、再び秋になって南に帰って行くのは、二十四節気の「白露」の頃になります。

 

玄鳥

さて、七十二候では、ツバメの事を「玄鳥」と呼んでいますが、どのような由来があるのでしょうか。

「玄」には、黒い色や赤みがかかった黒色という意味があり、ツバメの黒い色を示していると考えられますが、カラスも黒羽ですが玄鳥とは呼ばれません。しかし「玄」には、時・空間を超ええた天地万象の根源となるものという意味もあるのです。ツバメは、その昔不老不死の楽土である「常世の国」から富んでくる鳥だとも考えられていたことから、玄の文字が与えられたのかもしれません。飛行機などなかった時代には、渡り鳥が遠い南の 島から飛んでくるなど知る由もなく、どこからともなく季節になると飛来するツバメは神秘的な鳥に見えたのでしょう。また、ツバメはツバクラメとも呼ばれますが、これは諸説あって一つひとつ説明することが難しいのですが、「ツバクラ」は「土を食らう」から来ているという説や「ツバ=唾でありクラ=蔵」であるという説もあります。いずれにしても巣の作り方が、人が家を作る方法に似ていることから、親しみを強く持ったのではないかとも思うのです。こう言っても現代の人には、ピンとこないかもしれませんが、私が子供の頃に住んでいた家は、ツバメの巣と同じように土と藁を捏ねて壁を作っていたのですから本当に良く似ているのです。さらにツバメはとてもよく虫を捉えて食べるので、農家にとってはとてもありがたい鳥でもあったのです。こうした事からツバメも人々に愛され、家の守り神ともされてきたのでしょう。

  

次候

次候は、3月26日から3月30日までです。

略本暦(日本)では、桜始開(さくら はじめて ひらく)となっています。「桜の花が咲き始める」という意味ですが、我が家のソメイヨシノはピッタリこの時期に花開きました。普通、開花から満開までおおよそ一週間ほどだそうですが、今年は気温が低かったのでしょうか10日経っても満開になりません。花の命は短くてなどと言われますが、今年はとても長く楽しめそうです。

桜と言えばソメイヨシノをイメージする方が多いと思いますが、この桜はエドヒガンとオオシマザクラの交雑による突然変異種で、明治以降になって日本各地で植えられたものだそうです。最近では、早咲きの河津桜が人気で徐々に増えていますが、これもカンザクラとオオシマザクラの交雑による種だそうです。いずれの桜も皆挿し木によって増やされて各地に植えられたものです。現代風に言えばクローンで増やされた桜だということなのです。

こうして見ると略本暦で言う「桜始開」は、ソメイヨシノではないかもしれません。しかし、七十二候に桜が取り上げられるという事は、多くの国民が花見を楽しんでいたからでしょう。近ごろでは、訪日外国人の多くが花見を目的にやって来るそうですが、日本人は昔から花見が好きだったようです。

花見の起源は、奈良時代に遡り、当時は梅が鑑賞の対象だったと言います。桜に変わったのは平安時代になってからの事です。このようなことから万葉集には桜を詠んだのが43首あるのですが、梅は110種もあるのです。この後に編まれる古今和歌集では、逆に桜が70首に対し梅は18首となるのです。

この度新たな元号が「令和」となりましたが、典拠は万葉集の第5巻にある梅花(うめのはな)の歌三十二首の序文だという事です。マスコミやネットの中では、様々な意見が出されていますがネットニュースや人の意見を鵜呑みにするのではなく、万葉集をはじめとした日本の文化や歴史に触れ、自分自身の目や耳でしっかりと確かめ理解していくことが大切なのではないかと思います。

続いては、次候の宣命暦(中国)ですが、雷乃発声(かみなり すなわち こえを はっす)となっています。意味は「、遠くで雷の音がし始める」という意味になるのですが、七十二候の中で雷が出て来るのは、実は春分と秋分の2か所だけなのです。

春分では、次候の宣命歴と末候の略本歴は全く同じで「雷乃発声」です。そして末候の宣命歴は、「始雷」です。また秋分では、初候の略本歴・宣命歴が共に「雷乃収声」で同じなのです。

春雷は、冬を支配していたシベリア気団が弱まって冬型の気圧配置が崩れてくることで起こるのです。春先になると日本は移動性高気圧におおわれることが多くなってくるのですが、高気圧に覆われた日は温かく気温が上がるり、通り過ぎる頃になると低気圧がやってきて雲が広がってくるのです。この低気圧に伴う寒冷前線付近では、激しい上昇気流が発生して雷雲が発生するのです。こういう雷を界雷と呼ぶのですが、春雷はその一つなのです。

  

末候

末候は、3月31日から清明の前日である4月4日までとなります。

略本暦(日本)は、雷乃発声(らい すなわち こえを はっす)です。意味は、遠くで雷の音がし始めるということです。一方の宣命暦(中国)は、始雷(はじめて いなびかりす)ということで、意味は稲光が初めて光るという事になります。

末候は、いずれも雷が鳴り始めるという事で同じになります。次候の宣命暦とも意味を同じくするので、雷が鳴り始めるという事が、春分を印象付ける最も大きな気候の変化なのでしょう。

大和言葉では、雷(かみなり)の語源は、神様が雷鳴を鳴らすものと信じられていたからで、季節の変わり目である春分・秋分は、神様が音と光で季節の移り変わりを知らせるものだと信じていたのかもしれません。