今回は、岡田雫先生がベトナムに家族旅行に行かれた時のお話を伺いまして、大変興味深かったので私の方でまとめさせて戴きます。
こちらに掲載下さいましたお写真は、岡田先生のご主人様が撮影されたとのこと! センスの良さに感動致しました。
染谷先生といい、男性目線で世の中をみると、このように美しいものなのかとつくづくです。
私達女性は、陰陽学では現実的と解釈されておりますので、結構リアル感満載な写真が多く・・・精神世界の男性目線はアングルが違うようです。
最近は、ベトナムからの留学生や研修生など、日本で働く若者も多いことから、私達の生活の中でも身近な存在になっていますので、ここでしっかりと基本知識をまとめてみましょう。
ベトナムは、中国と同じく社会主義国家です。
しかし、「ここが社会主義国なの?」と思う位、自由な雰囲気の国です。
ベトナムはソ連の影響が強かったため、ペレストロイカと共にドイ=モイ路線という市場開放政策を1986年位から行っているため、中国と比べると、大分資本主義経済が浸透しているようです。しかし、いざビジネスになると、官僚がかなり強い権利を握っている、中央集権的社会主義国家の国なのです。
地理的には、南北に長い地形を持ち、54の民族が共存している多民族国家です。
北部の中心地はハノイで、古くから中国の影響が強く、直接支配される事もあった為、歴史的に漢字文化圏に属し、儒教や科挙制度なども採り入れられてきた背景があります。
南部の中心地はホーチミンで、昔はサイゴンと呼ばれた街です。北部とは異なり、4世紀頃からインドの影響が強く、仏教と共にヒンドゥー教の影響を受けてきた歴史のある東アジア文化圏です。また、7世紀には、クメール人の国、カンボジアにも征服されています。
つまり、北部は中国の影響が強く、ベトナム戦争では、ソ連の支援を受けた地域です。気候的にも、夏は40度を超えて猛暑が続く一方、冬は10度を下回るなど寒暖の差が大きいと言われています。
一方、南部は東南アジア諸国との関係が強く、ベトナム戦争では、アメリカの支援を受けた地域です。気候も熱帯地域に属するため、季節の差がありません。
当然の事ながら、気質にも違いがあり、北部の人は、真面目に辛抱強く協調性があると言われており、南部の人は、楽天的な性格で開放的と言われています。
19世紀に入ると、フランスの植民地支配を受けましたが、フランスが最初に植民地化したのは南部で、北部とは中国の清王朝と支配権争いをしています。そのため、フランスの植民地の影響が強く残っているのも南部になります。
人物の気質は、環境と文化背景が大きく影響します。
同じ生年月日でも、北部で生まれたか、南部で生まれたかは重要で、文化的背景は人格形成に大きな影響を及ぼします。
大阪で生まれたか、東京で生まれたか、仙台で生まれたか、福岡で生まれたか・・・。
本質は変わりませんが、文化的背景は、表相部分には大きく影響してきます。
つまり、人物考察において、地域制や文化性をどう捉えるか、これは今後、当協会の講師の先生方と共に考察していきたい分野です。
例えば、同じ《協調》という意味でも、東京と大阪では捉え方が違いますし、アメリカ人にとっても、インドネシア人にとっても違うでしょう。
アメリカ人にとっての《協調》とは何か、インドネシア人にとっての《協調》とは何かという事を、文化的背景を捉えながら検証を重ねていくことは、今後の学問的発展にも、国際的なビジネスメソッドに成長させるためにも、大切な研究だと思っております。
ベトナムの伝統医学
ベトナムの伝統医療には,ベトナム独自の医薬である「南薬」、中国由来の医薬である「北薬」の 2つがあります。長らく中国諸王朝に支配された為、中国医学の影響を強く受けてきましたが、明朝の14世紀頃から、中医学とは異なる理論や治療法、あるいは医薬が南部を中心に確立されるようになりました。
19世紀になりフランスの植民地政策が始まると、植民地政府は「西薬」、つまり西洋で誕生した近代医学を導入し、医者の国家資格や医療整備を「西薬」を中心に行いましたが、その後長く続いた戦乱において、戦地で負傷兵を治すのに、南薬・北薬という伝統的な治療法が使用された為、周辺諸国と違い、伝統医学が未だに国家の医療として大切に保全されていることが、ベトナムの伝統医学の大きな特徴かもしれません。
ベトナムの病院には「伝統医学」を専門とする部門、あるいは科を置くことを義務づけるなどの法整備も行われています。
一節には、ベトナム独立戦争の指導者、ホーチミン氏が伝統医療によって病気から回復した際に、南薬を、「われわれの医薬」であると発言したことも影響し、伝統医学への権威づけが始まったとも言わています。この伝統医学を、この国では民族医学と称して尊重されているのです。
かなりガツンとでしたが、ベトナムについてまとめさせて戴きました。
さて、これから、岡田先生のベトナム旅行記です。素晴らしい訪問地を選ばれたと、感動しました。
普通ホーチミンというと、エステに行って、人形劇をみて、グルメを楽しんで、小物屋さんでショッピング・・・が定番ですが、さすが雫先生!
それに同行して下さいまして、沢山の素敵な写真を撮影下さいましたご主人様にも感謝!です。
皆様も是非、ホーチミンに行かれた際の参考にして戴けたらと思います。
岡田雫のホーチミン案内
「フィート博物館」(FITO 博物館)
ベトナムの伝統医学に関する博物館で、石器時代からの貴重な資料約3000点を収蔵。民間療法から、現在の体系化されるまでの歴史の変遷や歴史上の名医の紹介など、見応えたっぷりでした。ホーチミンにありましたから、南薬、つまり民族医学の博物館になりますが、伝統医学の書籍は全て漢字で書かれていた所をみると、中国の影響の深さを感じました。南方は東南アジア気候に属するため、北にはない薬草も多く、独自の発展を遂げたのでしょう。
伝統医学にご興味のある方は必見の博物館でした。
南薬の特徴は・・・
ベトナム独自の自然薬(植物、動物、鉱物)のことで、ベトナムの伝統医学が体系化される以前から民間療法として用いられてきました。元々は、ハーブなど、ごく身近に存在する植物を薬として使用していたため「庭の薬」とも呼ばれています。
中国の漢方薬に比べて効き目がゆるやかな点が特徴です。
ベトナム伝統医学とは…
ベトナム独自の民間療法をベースにしながら、中医学の影響を受けて発展してきた学問で、中医学同様に、陰陽五行の思想のほか、医食同源の思想もあります。ベトナムに行かれた方はお分かりかと思いますが、ベトナムの食べ物はほとんどが陰陽のバランスにのっとって考えられています。料理にもたくさん使われる、生姜や大蒜は南薬の代表的なものですが、症状や体質を考慮して取り入れたり時にはじめて薬として作用します。
つまり、日々の食事や生活に、伝統医学の知識が組み込まれているのが、ベトナムという国の面白さです。
最後に、家族の旅の想い出に購入した茶器をご紹介します。
「バッチャン焼」
この茶器は、ベトナム北部、ハノイにある「バッチャン村」で焼かれた陶器です。
「バッチャン焼」が知られたのは15世紀頃で、中国が近いことから影響を受けたといわれ、明の時代には貢ぎ物として献上されていました。
日本では安土桃山時代に「安南焼」として輸入され、茶人たちの間でも珍重されたそうです。
素朴さを残した手描きの模様とくすんだ色合い、身近にある自然を描いたデザインが多く、菊の花やトンボ・金魚・蓮の花などが多く描かれています。
それぞれ描かれた絵にも意味があって、トンボは幸運・蓮の花は純粋・菊の花は金運ともいわれていて、縁起も担いでいます。
このような繊細な茶器は中国の景徳鎮の影響も窺え、北部の名産品らしい筆使いを感じました。
ベトナム人はこう呼ばれるのを嫌がるそうですが、中国の書籍に出てくる「越南」とはベトナムのこと。
南(中国にとっての南部)を越えた地域、ベトナムの南国独特の大らかな絵柄と色彩に面白さを感じました。
このお土産のバッチャン焼で、次回は、秋分の薬膳茶をご紹介したいと思っております。