訳文
陽の卦には陰が多く、陰の卦には陽が多い。
それはなぜだろうか。
陽の卦は奇数であり、
陰の卦は偶数であるからである。
では、その徳や働きは何を意味するのか。
陽の卦は
一人の君主と二人の民の形であり、
これは君子の道である。
陰の卦は
二人の君主と一人の民の形となり、
これは小人の道である。
易経の数理解説
1)三爻を数字で表す
易経 では、このように扱います。
- 陽 = 1
- 陰 = 0
※ 実際、現代の情報理論では易は二進法として説明されることがあります。
三爻なので、全部で 2³=8
つまり八卦になります。
2) 八卦を数字で書く
下から順に書きます。
| 卦 | 構造 | 数字 |
|---|---|---|
| 乾 | ☰ | 111 |
| 兌 | ☱ | 110 |
| 離 | ☲ | 101 |
| 震 | ☳ | 100 |
| 巽 | ☴ | 011 |
| 坎 | ☵ | 010 |
| 艮 | ☶ | 001 |
| 坤 | ☷ | 000 |
3)数理的なルール
繋辞が言う
陽卦多陰
陰卦多陽
卦の中にある「陽の線」の数が、奇数か偶数かで決まります。
つまり
-
陽の数が 1本・3本(奇数)
→ 陽卦 -
陽の数が 0本・2本(偶数)
→ 陰卦
という分類です。
4)実際に計算すると
まず最初に、陽の数を数えます。
陽卦(奇数)
| 卦 | 陽の数 |
|---|---|
| 乾 | 3 |
| 震 | 1 |
| 坎 | 1 |
| 艮 | 1 |
陽の数
3 or 1 → 奇数
だから→陽卦
陰卦(偶数)
| 卦 | 陽の数 |
|---|---|
| 坤 | 0 |
| 巽 | 2 |
| 離 | 2 |
| 兌 | 2 |
陽の数
0 or 2 → 偶数
だから→陰卦
5) 完全に数理構造です!
まとめると
陽の数 奇数→ 陽卦
偶数→ 陰卦
これはまさに奇偶法則です。
6) なぜこういう構造なのか
ここが易の思想の美しいところです。
陽の卦は、陰を抱えています。
陰の卦は、陽を抱えているのです。
つまり純粋な陽だけでも、純粋な陰だけの世界はないという思想です。
陰と陽は互いに含み合うという易の思想を表しています。
この構造は、17世紀にゴットフリート・ライプニッツが見て驚いたものです。
彼は易は二進法そのものだと言いました。つまり世界最古の情報理論的図形とも言えます。
君子の道とは!
今説明した、数理構造(奇数・偶数の分類) から、次の文章が どのように導かれているのか、みていきましょう。
陽一君而二民
陰二君而一民
1)数理の出発点
三本の線(八卦)は、陽を1、陰を0とすると
| 卦 | 構造 | 陽の数 |
|---|---|---|
| 乾 | 111 | 3 |
| 震 | 100 | 1 |
| 坎 | 010 | 1 |
| 艮 | 001 | 1 |
| 巽 | 011 | 2 |
| 離 | 101 | 2 |
| 兌 | 110 | 2 |
| 坤 | 000 | 0 |
陽の数を見ると
奇数 3・1 =陽卦
偶数 2・0 =陰卦
という分類になります。
2)奇数の特徴
奇数には数学的な特徴、必ず「中心」が一つある という性質があります。
例えば
3=1+1+1
中央の1を中心に、左右に1がある構造になります。
つまり中心が一つです。
3)偶数の特徴
偶数は違います。
偶数は二つで対になる構造です。
例えば 2=1+1
偶数は、真ん中が一つに決まりにくく、二つが並ぶ形になる数です。
古代中国では、偶数という数の性質そのものを「二つで並ぶ」「対になる」「割り切れる」性質として理解したのです。
繋辞はこの数学構造を社会の構造に置き換えました。
奇数(3)の場合 ● ● ●
これは真ん中の ● が中心になります。左右があって、中央が一つ立つ。だから「中心が一つ」。
偶数(2)の場合 ● ●
これは真ん中がありません。左右に二つ並ぶだけです。
だから一つの中心に収まらないのです。
4) 奇数の社会構造
奇数(陽卦)は中心が一つです。繋辞では 陽一君而二民 になります。
つまり、一人の君/二人の民です。中心が一人なので、秩序が安定します。そのため、君子之道 と言いました。
5) 偶数の社会構造
偶数(陰卦)は中心が二つになります。繋辞では陰二君而一民 になります。
つまり、二人の君/一人の民です。指導者が二人いるため、命令が二つになる状態です。
当然の事ながら、争いが生まれ、小人之道となります。
このように見ると、易経は単なる道徳の書ではありません。
易経は、陰と陽の組み合わせという
数理的な構造によって世界を説明しようとした書です。
なぜそのような方法をとったのでしょうか。
それは、古代の人々が
人間の営み、とりわけ集団としての人間の営み(政治)も、
宇宙と同じ法則の中で動いていると考えたからです。
天と地の動き、季節の循環、陰陽の変化。
そうした宇宙の秩序を観察し、
その構造を人間社会にも当てはめて理解しようとしました。
そのため易経では、宇宙を説明するための数理的な原理と、人間社会の仕組みとが、同じ構造で語られています。
だからこそ易経は、
- 自然の秩序を語る書であり
- 人間社会の在り方を考える書であり
- 世界の原理を探る哲学の書
でもあるのです。
そしてこの点に注目したのが、孔子以降の儒家でした。
彼らは易経を、占いの書としてではなく、社会と政治の原理を考える哲学の書として読み直していきました。
こうして易経は、儒家の政治思想を支える重要な古典として位置づけられるようになったのです。