二十四節気 季節で感じる運命学、今回は「夏至」です。
画像は、国立国会図書館に保管されている「こよみ便覧」です。赤枠部分が夏至について書かれた部分です。
【こよみ便覧】 画像引用元:国立図書館デジタルコレクション
夏至は、二十四節気の順番からいうと「芒種」の次で、10番目にあたり太陽黄経が90度の日になります。
2018年は6月21日となっています。
暦便覧で見ると「「陽熱至極しまた、日の長きのいたりなるを以てなり」と記されていて、まさにその言葉の通りです。
夏至は、二十四節気のうちでも多くの日本人に認識されている節気の一つだと思います。
それは、この日が北半球で最も昼間の時間が長い一日であり、天気予報などでも必ず取り上げられるからではないでしょうか。
夏至と冬至
北半球と言うのが、ここでの「みそ」です。つまり南半球では、逆に最も昼間が短くなる日だからです。二十四節気は、北半球にある中国で作られたものであり、日本を含めた多くの国々が北半球に存在しているので、夏至というと昼間の時間が長い日だというのが常識のように感じますが、南半球では冬至です。
一方の冬至は、逆に昼間の時間が一番短い日という事なのですが、夏至と冬至の差(つまりは昼間時間の差)がどれだけあるのかと問われると、正しく答えられる人はほとんどいません。もちろん私も答えられません。
早速調べてみますと日の出・日の入りの時間は、その年によって・場所によって(緯度の差)差がありますので、2018年の東京を例としてお話をいたします。
今年の夏至である2018年6月21日は、日の出は4時25分・日没は19時ちょうどとなっています。
一方の冬至は2018年12月22日、日の出は6時47分で日没は16時32分になっているのです。計算すると、夏至の昼間時間は14時間35分、冬至の昼間は9時間45分となり、その差は4時間50分となります。
太陽の光を受ける時間がこれほど違うのです。
夏至は、1年のうちで一番太陽の力が強い日だとも言えます。陽のエネルギーが一番強い日です。
そのため昔から夏至の日は、特別な日として世界各国で様々な行事が行われて来ました。日本では、三重県伊勢市の二見浦で夫婦岩(二見興玉神社)にしめ縄を張り、二つの岩の真ん中から朝日が昇るのを拝む禊の行事が行われています。
また、6月下旬から7月の初めにかけて、ちょうど6月の大祓として「夏越しの祓」と呼ばれる「茅の輪くぐり」があちこちの神社で行われます。夏までの半年のけがれをはらい、残る半年を健康に過ごそうという神事です。
【茅のくぐり】
ストーンサークル 夏至のお祭り
一方、緯度の高いヨーロッパでは夏至のお祭りが数多く行われています。
その中でも最も有名なのは、イギリスにあるストーンヘンジ(環状列石)の祭りです。
遺跡は、高さが4~5mほどもある大きな石が馬蹄形に配置され、夏至の日にヒールストーンと呼ばれる石とサークルの中心に置かれた祭壇石を結ぶ直線上に太陽が昇るよう設計されています。当時も高度な天文学の知識があったことを裏付けるものと考えられているのです。この遺跡は、紀元前2500年から紀元前2000年の間に作られたと言われています。中国の暦(こよみ)が作られた時代よりもはるかに古い時代ということになるのです。
意外なことに、日本にもこうしたストーンサークルと呼ばれる遺跡は意外と多く存在しています(国内に176か所もあるとか)。
私は、秋田県に旅行した時ストーンサークルをこの目で見ました。
小規模ではあるのですが作られたのが紀元前2000年くらい前の時代だと言われていますから、日本もなかなかなものだと思いました。
このストーンサークルもイギリスのものと同じで、やはり夏至の日没と一致した線が存在するので、天文学の知識はあったのではないかと想像します。
夏至の時期は、稲作とも深い関連があると言われていますが、稲作が日本に伝わったのはもう少し後だと言われているのでそれ以外の目的があったのかもしれません。今のところ何のために作られたのかなど、まだ詳しく解明はされていないのがとても残念な事です。
夏至や冬至といった「至点」、そして春分と秋分という「分点」は、太陽に合わせた季節の区切りを表す重要なポイントとして、古代の人たちも大切に考えてきたのだと思います。エジプトのピラミッドやマヤ・アステカの遺跡など数多くの遺跡にもこうした考え方が反映され、それが遺跡の中に様々な謎を残しています。
七十二候
二十四節気をさらに3つに分けた七十二候では、夏至の初候は日本の略本歴で「乃東枯(なつかれくさかるる)」となり、中国の宣明歴では「鹿角解(鹿が角を落とす)」となっています。
次項は略本歴で「菖蒲華(あやめはなさく)」となり、宣明歴では「蜩始鳴(蝉がなきはじめる)」となっています。最後の末候は、略本歴・宣明歴ともに「半夏生(はんげしょうず)」となっています。
乃東枯(なつかれくさかるる)
まず夏至の初項は「乃東枯(なつかれくさかるる)」ですが、意味としては「夏枯草が枯れる」と同じ意味です。「乃東(だいとう)」とは、「靫草(うつぼぐさ)」のことです。冬至の頃に芽を出し、夏至のころに枯れるという事なのですが、写真にあるウツボグサを撮ったのは7月で、しかも白馬(長野県)の山の上でのことです。まだ枯れずにたくさん綺麗な花を咲かせていました。ウツボグサは、我が家の周りでは見ることのない草ですが、略本歴が書かれた時代には一般的でしかも夏至の時期に枯れていたのだろうかと、ちょっと疑問が残ってしまいました。
【ウツボグサ】
夏至の反対になる冬至には、「乃東生(なつかれくさしょうず)」と書かれている事にも、疑問がわくばかりで「乃東枯(なつかれくさかるる)」の疑問は解決できませんでした。
一方の宣明歴での初項は、「鹿角解(鹿が角を落とす)」となっていますが、これまた意味が分かりません。
文字通り読んでいくなら、鹿の角が生え変わるために、角が落ちることを言っているものと理解するのですが、実際に日本の鹿の角が生え代わるのは春の出来事で夏ではないのです。
七十二候が古代中国で考案されたとはいえ、季節を表すものとして日本の気候風土に合うように略本歴は書き改められているはずなのです。こちらの疑問も、深まるばかりです。
菖蒲華(あやめはなさく)」
夏至の次項について略本歴では、「菖蒲華(あやめはなさく)」となっています。この梅雨時に相応しい「アヤメ」が咲くというのは、初候のウツボグサとは違ってぴったりな表現なのではないか感じます。
宣明歴では、「蜩始鳴(蝉がなきはじめる)」となっていて、これも6月下旬の季節には比較的合っているようにも思えます。
ただ「立秋」について略本歴で書かれた中には、「ヒグラシ」と言うように蝉の種類を特定しているのに、宣明歴の夏至では、蝉が鳴き始めるとだけ書かれています。
では、ここの「蝉」は何という種類になるのでしょうか、それが気になるところです。
日本における6月下旬を考えるとヒメハルゼミが近いのだろうと思うのですが、私の家の近くでは鳴き声を聴くことはできないのです。
ヒメハルゼミの生息域は樹林地ということで、身近にその声を聴くことができないのはある意味当然なのです。
私の個人的な体験の話で恐縮ですが、私は二十数年前にホームステイで北京に滞在していた経験があるのです。
その時は、クマゼミのような蝉がたくさん鳴いていたことを覚えています。
時期は8月だったので、日本の夏と同じように暑い季節で本当にうるさいほど鳴いていたのです。私が滞在していた場所は、大きな街路樹がたくさん生えていて緑が濃い場所だったことから蝉も多かったのかもしれないと今になって思います。宣明暦は中国で作られたものですから、たぶん日本とは違う蝉が鳴いていたのでしょう。
そして中国は国土が非常に広大であるため、北京と上海では違う蝉がいるのではないのだろうかと、勝手な想像を広げてはみるのですがあまりにも知識が足りません。中国の蝉について、だれか詳しい方に教えていただきたいものです。
「半夏生(はんげしょうず)」
夏至の末候は、略本暦・宣明暦ともに「半夏生(はんげしょうず)」です。この「半夏生【ハンゲショウ】」については、諸説あるがいずれもなるほどと思うような説になっています。
【ハンゲショウ】
まず一つ目は、半夏生の「半夏」がカラスビシャクという薬草の漢名から来ているとの説です。
そしてもう一つは、和名ではカタシログサという名の植物の葉が7月初旬ころに表面だけ白くなり半分だけ化粧をしているようにみえることから、半化粧となり後に半夏生となったという説です。2説とも植物に関係したものではありますが、片や薬草、片や有毒植物と全く違う植物が説の主役になっているのが面白いです。
カタシログサは、私の家の近くでも時折見かける植物ですが、カラスビシャクは目にしたことがありません。
調べてみると、カラスビシャクの見た目はウラシマソウを小さくしたような花が咲くようです。ウラシマソウはちょっとしたヤブにも生えていて比較的よく目にする植物なのでこれを想像すればイメージがわきやすいかもしれません。今回はカラスビシャクの写真が用意できなかったので、代わりにウラシマソウを載せましたので、ここからイメージしてみてください(ネットで検索すれば、カラスビシャクの画像を見ることが出来ます)。
【ウラシマソウ】カラスビシャクは、もっと細くて緑色です
ところでこの「半夏生」、時期的には7月のはじめに当たるのですが農家にとってはとても大切な節目とされていて、田植えを終わらせる目安とされています。
「半夏半作」とも言われているようです。ここでの「半作」とは、作物の収穫が半分になってしまうという意味です。
実際、私の親戚に大規模農家がいるのですが、つい数日前にやっと田植えが終わったと言う話を聞いたばかりで、本当に半夏生がそのまま実践されていることに驚きました。ただ親戚の家はちょっと特殊で、他の農家からの依頼を受けて作付けを行う事を生業としているため、4月から植え始めてから2か月間も時期をずらしながら稲を植え続けているのです。200町歩(1町歩=約3000坪)も作付けを行っているので、田植えの時期をずらさざるを得ないという事情もあるので七十二候にいう半夏生とは違うかもしれません。ただ稲作は、この時期を過ぎてしまうと、実りの時期が遅くなって収穫に影響が出ることは容易に想像ができ、半夏半作になってしまうことも事実の様にも感じます。
最後に
夏至を境に、今度は徐々に昼間の時間が短くなり「陽」から「陰」に向かって季節は移ってゆきます。しかし、本格的に暑くなるのはこれからです。
なぜかというと、太陽が地面をあたためて、地表の熱で空気も温まっていくのには時間がかかるのです。
そのため本当に気温が高くなるまでにタイムラグが発生するのです。本格的に気温が上昇するにはおおよそ2ヶ月程度の時間が必要です。
そのため、8月頃が一番暑くなるのです。
逆に冬至から2か月後になる2月頃が一番寒くなります。これも、地面が冷めるのに時間がかかるからです。
つまり、天が動いても、地上でそれが現実となり伝わるのには、約2か月間というタイムラグがあるのです。
運命学も同じことで、大運や年運による時空間理論が動いても、それが現実に表れるのには時差があります。
天中殺を例にとると、2年間の天中殺が明けてすぐに大丈夫という訳ではないのです。2月4日に明けても、4月半ばまでは注意をしておいた方が良いでしょう。
逆に、天中殺に入ってすぐに何か起こるということもありません。勿論何もやらない方が安心ですが、天中殺の場合は出る時の方が注意をした方が良いでしょう。
運命学は占いではありません。自然観察理論です。二十四節気には古代の人の自然観察の知恵が沢山含まれています。
自然こそがこの学問の師匠かと思うのです。古代の人の明察に敬意を評して。
数理暦学講師 染谷康宏