韓国文化から紐解く陰陽五行説②善徳⼥王の天文台(Seewer瑞恵)

連休は如何お過ごしのことでしょうか?

南北首脳会談、衝撃でしたが、陰陽五行論を理解すれば、金正恩氏の動きはその通りなのだと妙に納得。基本に立ち戻らねばならない事の大切さも感じました。

太陽と北風のお話・・・あれが基本なんです。
陰陽学の基本は、差が激しい程カリスマ性が生じてきます。
太陽と北風も、太陽と北風だから話になりましたが、月夜とそよ風だったらインパクトはありません。

多くの軍事ジャーナリストやコンサルが色々な事を言っていますが、金正恩氏の動きはいたってシンプル。

太陽と北風。陽と陰。

故に、太陽路線から、またしてもいきなり北風を吹かす…。なんて可能性もあるので、注意は必要です。

だってその為に核開発したんだもの…。

太陽と北風も話は、イソップ童話ですが、陰陽理論は東洋の専売特許ではありません。
世界の童話にはたくさん描かれているのです、陰陽の物語。

物事に対して厳罰で臨む態度と、寛容的に対応する態度の対比を表す例え話、そう考えると昔から人間の考えていることは進化していません。だから陰陽学と暦学を学ぶと、時代を読み解く力を得られるのです。

今回も広島支部長のSeewer瑞恵先生が、大変興味深いお話をして下さいます。

韓国ドラマには、日本人の忘れてしまった文化、日本の時代劇にはない、干支暦の世界がたくさん繰り広げられています。物語の中に陰陽五行理論がきちんと描かれているからこそ面白く、そこに日本人が忘れてしまった何かを感じるのではないでしょうか?

 


 

今回も脱線して韓国ネタの続きです。
前回の私の担当ブログで、3 ⽉末に釜⼭を拠点に韓国旅⾏したことを書きました。
まだ読まれていない⽅は、コチラからどうぞ。

東洋最古の天文台

今回は、慶州にある東洋最古の天⽂台で、新羅王朝27 代⽬「善徳(ソンドク)⼥王」の在位632〜647 年の間に建造されたと⾔われている瞻星臺(チョムソンデ)について書きます。
「善徳⼥王」は2009 年に韓国でドラマ化され、⽇本でもすぐに放映されたので、観た⽅も多いと思います。私もこの記事を書くにあたり、今回62 話もあるこのドラマを、仕事が終わった後、2 倍速で夜な夜な観ました!(笑)

瞻星臺(チョムソンデ)に関しては、実は諸説あり、天⽂台だったと⾔う学者もいれば、単なる宗教的・象徴的な建造物という学者もいるそうです。学者の数だけ主張があると、慶州のガイドさんが説明してくれましたが、天体観測に基づき体系化された⼲⽀暦学を学んでいる私は、天⽂台であると前提で話を進めさせて戴きます。

そもそも、天文台と宗教的建造物は同じような役割を果たしていました。このブログを読んで戴いて成程!とご理解戴けたらと思います。

 

石の数は365.5個!

ブログの表紙でご紹介させて戴いている写真が東洋最古の天文台です。この天文台に積まれた⽯(花崗岩)は362 個あります。1 個だけは半分の⼤きさなので0.5 個と⾔ったほうがよいかもしれません。つまり361.5 個。そして、塔の上にある⽯が4 つ。⾜したら365.5 個!この数字を⾒て、ピンときた⽅、鋭い!そうです、⼀年の⽇数にほぼ該当します。

次に、中央の窓を中⼼に、窓の下に12 段、窓の上にも12 段の⽯が積まれています。⼀年12 ヶ⽉(⼗⼆⽀)を表し、12 段と12 段を⾜して24 段になるのは⼆⼗四節気を表しているようです。

この事は、ドラマ「善徳⼥王」でも、当時の科学者であり僧侶のウォルチョン⼤師が説明しています。

窓のある部分は3 段。12+12+3=27 この27 という数字は善徳⼥王が新羅27 代⽬の⼥王だったからとも⾔われています!

ここまで計算していたのか?!スゴイ!
また、天⽂台を底で⽀えている基盤部分の四⽅は東⻄南北に⾯していて、各⼀⾯に3 つの⽯が並べられていて、これは四季(各季節が3 ヶ⽉)を表しているようです。
塔の上部の四⾓の⾯も東⻄南北を向いています。
中央の窓は真南を向いていて(後の調査で、若⼲のズレがあることが判明)、春分、秋分の⽇は、窓からの⽇光が塔の底まで照り、夏⾄と冬⾄の⽇は塔の下部分への光が完全に消える、という計算のもとに作られていて、それで春夏秋冬を分けていたそうです。

 

計算しつくされた天文台

ガイドさんの話では、基盤部分が1 段、最上部が2 段あるのは、先述した27 段との⾜し算で、全合計が30 になる場合と、最上部だけを⾜して27+2 で29 になる場合があり、これは当時は太陰暦(⽉の満ち⽋けを周期にした暦)のため、ひと⽉が30 ⽇か29 ⽇だったからではないかということでした。
ドラマの中では、基盤部分(下)から⽯段を数えると28 段になるのは、星座の⼆⼗⼋宿を意味すると⾔っています。

12 ヶ⽉(⼗⼆⽀)の中にある28 の季節の移り変わりを⼆⼗⼋元というのですが、暦法が古代中国で体系化されたことを考えると、個⼈的には⼆⼗⼋元を意味するのではないかと思うのです。

 

魔性の⼥性「美室(ミシル)」

いずれにしろ、この時代にここまでの天⽂観測技術があり、暦を作成することができていたこと⾃体がスゴイ!としか⾔いようがありません。
古代中国では天体の動きを観測することは、天から選ばれし王たる者の証明とし、「天帝の意思は我にあり」と称し、政治を⾏ってきました。王とは「天と地を繋ぐ者」という意味があります。
ドラマの中で、善徳⼥王が即位する前に権威をふるっていた魔性の⼥性「美室(ミシル)」は、当時中国でしか作ることのできなかった暦を裏で⼿に⼊れていました。

王より先に暦を⼊⼿することで、⽇⾷と⽉⾷の⽇を正確に知り、まるで天を操っているかのように⾒せかけて、「我こそが王たり」と⾔わんばかりに権⼒者へとのし上がっていきました。

古代では、暦は現代の私たちが連想するカレンダーではなく、国家機密に値する秘宝でした。
美室(ミシル)はそれを上⼿く利⽤していたわけです。

この美室(ミシル)の暴政があったからこそ、善徳⼥王は天体観測ができる天⽂台を新羅の⾸都ソラボル(現、慶州)に建造し、⺠に気象情報を公開しようとしたのです。天候を予測し、農耕に役⽴て、⺠から信頼を得て、善徳⼥王は国を統治したのでしょう。そして、新羅はこの時代、天体観測の技術を持ったからこそ、後に朝鮮半島を統⼀し、統⼀新羅はその後900年頃まで続きました。

慶州にあるこの東洋最古の天文台、瞻星臺の「瞻」という漢字の意味を調べてみました。
瞻る(まばる)と読み、「⽬(ま)張るの意、⽬を⼤きく開いてよく⾒る、注視する」ということは、この天⽂台は星や⽉を⽬を⾒開いてよ〜く⾒る観測所という意味なのですね。

さて、ここまで読んでくださった方なら、「瞻星臺は天文台にしか見えない」という私の主張も頷けますよね(笑)

ぜひ慶州まで足を運び、その目で確かめてください!

先人たちの偉業に敬意を称し、今回はこの辺で筆を置きます。 立て続けに脱線してしまいましたので、次回は「教育現場での数理暦学の活用法」に戻します。