虚運と実運

プラトンは、魂について、3つの要素(理性・気概・欲望)で構成されていると説きました。

理性という御者が知恵を学び、気概に勇気を与えながら、欲望をコントロールして走っていく。それを馬車の例えで説明しました。

その思想はアリストテレス理論と共にギリシャ哲学を形成し、アリストテレスの教え子のアレキサンダー大王の中東からインダス川流域に至るまでの大遠征により、東西の文化が交流し、ヘレニズム文化を形成したという所までは、何となく追って戴けていると思います。

このブログを読んで下さっている方は、自分達が知りたいのは算命学・四柱推命など、東洋の推命学なのに、まだプラトンか…と、少しイライラしているかもしれませんが、ご安心下さい。

ちゃんと数理暦学に辿りつけるように、書いております。尚、算命学カウンセラー協会のブログでは、算命学の話を中心に書いておりますので、宜しければ是非そちらも参照下さい。

私の文章の書き方の特徴は、世界地図を横にスライドさせ、時間軸を前後させます。

東西という地上の横軸と、時間という縦軸をスライドさせながら考察していくと、立体的に数理暦学協会の伝えたい事が浮かびあがります。

世界地図をみると地球は丸いし、横だけではないですよ!と思われるかもしれませんが、世界四大文明、メソポタミア・エジプト・インダス・黄河を繋げてみてください。

文化は横軸で発展し、縦へと伸びているのです。

授業でこれをやると、地理と歴史の糸がこんがらがる心配がありますが、ブログはリンクを貼れるので便利です。

 

縦横理論

さて、同じ馬車の例えを、ギリシャから少し東にスライドしてみてみましょう。

インドの聖典 カタウパニシャッド(紀元前350年~300年位推定)にも、同じような記述がありそれを比較したいと思います。

いきなりインド!と思うかも知れませんが、(あくまでも私見ですが)、人物を生年月日から解析する推命学という学問は、古代中国殷・周から漢、普、隋、唐、宋、明へと繋がる漢民族の縦軸、しかも、儒教という表の顔の裏に隠れた、道教の秘伝理論という、裏縫いをした縦糸と、古代メソポタミア→ギリシャ→ヘレニズム→インド→中国という地政学的横軸の横糸、この、縦横の糸で織りあげた、知恵の集大成と思っております。

運命学を通して《自分と何だ!》という問題を追いかけて行くには、古代メソポタミアから中国に至る地上からの道のりと、殷王朝から清王朝に至る時空間の道のりを考察しないと、答えは見つからないと思っております。

西洋人と東洋人の考え方の構造は違います。 海洋民族と大陸民族の考え方も違います。

しかし面白い事に、西洋の海洋民族のギリシャ人と、東洋の大陸民族の中国人の考え方は、紀元前5世紀位までは共通点があったことです。

しかし、それ以降の環境と時代によって大きく変貌と遂げていきます。

虚運と実運

私達は生年月日で人物解析を行っていますので、一卵性双生児は同じ人生を歩むのか!と聞かれるのですが、これもまたしかりです。

遺伝子は同じで、同じ所で生まれても、人生も人間性もその後の環境により大きく変わります。

姉と生まれた子は姉としての人生を求められ、妹として育てられた子は妹としての人生を歩む事になるのです。

人間の運には、実運と虚運があります。

実運は、生まれた時に決められた干支(生年月日)であり、宿命と言われている部分です。
虚運は、環境、その人の生き方です。

運の割合は、どの位だと思いますか?

実運が60% 虚運が40%です。

つまり、環境やその後の生き方で40%変わるのです。

そういう意味では、紀元前5世紀のギリシャと中国の哲学は、人類の《自分とは何か!》という考え方に共通点は多いのですが、その後の歴史的変遷で変わっていきます。

《人間とは何だ?》《自分とは何だ?》

AI黎明期である今だからこそ、自己をしっかりと把握しましょう。自分の頭で。

長い文章は負担がかかるという意見がありましたので、今回から短く区切ることにしました。そのため、インド哲学とプラトンについては次回に廻します。