暦学の基礎 ~ 暦について

●暦とは

待ち合わせしたり、週末の予定を立てたり、終電を気にしたり・・・。生活の中で日付や時間を気に留めない日はないでしょう。 何月何日と約束すればその日時に相手に会える。時間というものはとても便利なものです。当たり前と思われるかも知れません。しかし、これは我々が時間を測る共通の物差しを持っているからこそできる事なのです。

もし各自の時計やカレンダーに好き勝手な数字がふられていたなら、待ち合わせは大変困難なことになるでしょう。 長さに対する「メートル」や「インチ」等と同様に、我々は時の流れに対しても測り方の尺度を持っているのです。それが「暦」です。 暦=カレンダーと思っても間違いではないのですが、厳密にはまず暦ができて時の測り方が定まり、時計やカレンダーが作り出されたといえます。

●暦の成り立ち

暦がなかった時代(カレンダーも時計もない!)、人々はどうやって時の流れや日の移り変わりを数えたのでしょうか? 我々は遥か昔から今も変わらず、ごく身近に規則的かつ正確な周期を持った自然現象を見ることができます。

太陽や月、星といった天体運動です。人類は正確な間隔で移り変わるそれらを見て、時の流れを掴んだに違いありません。太陽が昇ってまた沈むことから「1日」という時間単位は極めて自然に認識されたでしょうし、季節の移ろいや夜空の変化から「1月」、「1年」というより長い周期も経験的に捉えられたはずです。 空を見て日を数えること、それが暦となっていったといえるでしょう。 ここからは遥か昔に返り、なるべく科学的な知識を使わず日を数えていこうと思います。それは極めて自然に暦を学ぶ手段となるはずです。

●月を見て日を数える(太陰暦)

太陽が昇って昼になり、沈んで夜を迎える。このサイクルは「1日」という基本的な時間単位を与えてくれます。太古の人々も1日を基準に生活していたことでしょう。では数日から数10日という単位の時間を計るには何が良い基準となるでしょう?

太陽は昨日も今日も同じように昇り、同じように沈んでいくため、この間隔を測るには適しません。そこで月を観察することにしましょう。月の見かけは図1のように変化していきます。 図1の新月(朔)の状態から上弦、満月(望)、下弦と約7日ずつの間隔で形を変えていき、再び新月に戻るまでの周期は29〜30日です。(これらの間隔は今我々が使う週、月と一致しますね!) この変化は日を区別するのにぴったりだと言えます。 時計やカレンダーはなくとも、次の下弦の日に集合!と言われたら待ち合わせはできそうですよね。 きっと太古の人々も月の状態で日取りの約束をしたことでしょう。

今では月が地球の周りを回る(公転運動)ことが原因で月が満ち欠けすることが知られており、その周期は約29.5日とされています。(昔、小学校で習ったハズ…。図2を参照して下さい。)

29.5日とは29日と半日(12時間)で月が地球の周りを一周するということです。 では月の動きを基準にして暦を作ってみましょう。このような暦を太陰暦といいます。 まず新月を第1月の1日とし、29日をその月の最終日とします。第2月の1日の月は、正確には半日分だけおくれた新月ですが、第2月の最終日を30日までとれば、第3月の一日はまた新月に戻ります。 シンプルですが、これを繰り返せば、2ヶ月ごとに月の状態と同期する暦の出来上がりです。(表1)
この暦の長所は日にちで月の状態がわかることです。毎月1日は新月、15日は満月です。そう作ったので当然といえば当然ですが・・。 短所は暦が季節と結びついてないことです。この暦で12ヶ月数えると354日しかありません。我々は約365日で四季がひと巡りすることを知っています。この太陰暦で1年12ヶ月を数えていっても、1年ごとに約11日だけ季節とずれていってしまいます。10数年たつとずれは数ヶ月となり、8月なのに寒かったりという事態が生じます。 季節の移り変わりは地球が太陽の周りを回る公転運動を原因としているため、月の運動を基準とする太陰暦は季節に関係せず進んでしまうのですね…。

●太陽暦

人類の生活が狩猟から農耕中心となるにつれ、季節の変化に根ざした暦が求められるようになっていったと考えられます。 現在では四季の変化は地球が太陽の周りを回ること(=地球の公転運動)に起因するものである事が知られています(図3参照)。よって太陽の動きから作成された暦が求める暦となるはずです。ただし、ここではなるべく科学的予備知識を使わずという事なので、遥か昔の人々と同じ立場で暦を作っていこうと思います。

以下のような方法で太陽の動きをみていく事にします。大地の1点に決まった長さの棒をたてます。東の空から昇った太陽は南の空を通り高度を上げていき、やがて一番高い点に達し(これを南中といいます)、その後西の空に沈んでいきます。太陽が南中したときにできる棒の影の長さ、これを毎日測ることにしましょう(図4参照)。 ここで簡単のため、観測者は日本にいて、観測開始した日は夏至という事にします。 太陽の南中時の高さは第一日目に最も高く、徐々に低くなってくため、影の長さは最も短い状態から少しずつ長くなっていきます。やがて冬至で影の長さは最長となり、それを過ぎると徐々に短く、やがて366日目に再び最も短い状態に戻るはずです(図5)。 観測を続けると、この365日のサイクルが繰り返される事が知られるでしょう。またこのサイクルで季節が一巡りする事から、太陽の運動(実際は地球の公転運動であるので、太陽の見かけの運動)が季節の変化に関係するのでは?と予測できたはずです。

これで我々は365日を1年とする季節の変化に沿った暦を得ることができます。(大変簡単ではありますが…!) ただまだ問題は残っています。 さらに長く観測者がデータを取り続けたとしましょう。 すると困った事態が生じます。この暦では1年の第1日目が最短の影(夏至)になるはずなのですが、5年目はそうならず、第2日が最短になってしまうのです(図5)。 これは地球の公転周期がより正確には365.25日(=365日と1/4日)であることに起因します。地球は365日で太陽の周りを正確に一周している訳ではなく、元の位置より1/4日(=6時間)分だけ遅れた場所に戻っているのです(図6)。これが4サイクル(4年)繰り返されると遅れが積み重なり、地球は元の位置より1日遅れた場所に位置します。季節は地球が公転軌道上のどこに位置するかで決まるため、結果 暦と季節が1日ずれてしまった訳です。 これを解決するにはどうすれば良いでしょう? 例えば4年目だけを1日増やして366日と制定します。すると5年目の第一日目は元通り影の長さが最短(夏至)となり、この4年のサイクル(3✕365日+366日)を繰り返せば、季節とずれない暦となります。この方法は今も実際に運用されています。皆さんよくご存知の閏年と呼ばれるものですね。

●まとめ

ここまでで、ごく簡単にではありますが天体の動きから2つの暦を導きました。実際にこれらを運用するとなるとどのように使うのが便利でしょうか?季節変化に沿った太陽暦の1年を用いながら、短い時間単位として太陰暦の週や月を使うのが良さそうに思えます。それはまさに現在の暦へと繋がります。科学的予備知識をなるべく使わずに得た暦は、現在のものよりずっと簡単で原始的なものです。しかしシンプルなぶん「暦」のより本質的な概念に触れて頂けたと思います。

●最後に

現在、我々が使っている暦(グレゴリオ暦といいます)は人類により、長い時間をかけて体系化されたいったものです。 その細かな装丁部分(曜日や月の名前、閏年の1日を何月に挿入するか)などは、制作過程の歴史的背景や文化的側面を学ばねば理解できません。 また科学的発達により、月や地球の公転周期はここで用いた値よりも遥かに高い精度で知られており、それに伴い閏年の入れ方も複雑化しています。今回は暦の本質を捉えるため、現行の暦に対する解説はごっそり省略してしまいました。また途中で用いた天文学的な解説もとても簡単な範囲に留めています。ご興味ある方は参考文献を手に取って頂ければと思います。

参考文献 暦の科学/片山真人(ベレ出版)、2012 時と暦/青木信仰(東京大学出版会)、1982 暦入門/渡邉敏夫(雄山閣)、2012 宇宙の科学/江里口良治(東京大学出版会)、1994 よくわかる宇宙と地球のすがた/国立天文台編(丸善出版)、2010